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【レアシナリオ】陰陽師の雪遊び【戦闘なし】

陰陽師の雪遊び


マスター:灰島懐音




 
 春の訪れを待つばかり――そんな、うららかな陽気が続いていた日のことだった。
「わぁお」
「ふわぁ……」
 柚本 メイ(ゆずもと・めい)と神凪 巡(かんなぎ・めぐる)は同時に声を上げた。
 外には、白銀の世界が広がっている。昨夜から今朝にかけて降った雪が、まだ誰にも汚されることなく、そこにあった。
 辺りを見渡すに、相当の積雪量である。
 漫月の中枢であるこの首都県、水花芽(みずがめ)県では、降ってもせいぜい積雪5cm~10cmだ。しかし目の前の雪は、20cmをゆうに超えているだろう。
 ダイブしたい。新雪に思いっきり飛び込んでみたい。
 そんな想いを必死で隠し、巡はメイの方を見て口を開いた。
「あ……遊ぶ?」
 その言を受けたメイとしては、ソワソワした様子で聞いてくる巡に庇護欲をくすぐられていた。普段は気丈な彼女だが、こうして時折素直になると、どうも絆(ほだ)されてしまう。
「遊ぼう遊ぼう。月ちゃんも呼んで雪合戦だ!」
「人数が奇数だから……偶数集まるまで、雪合戦はできない。卑怯」
「めぐは真面目ねえ……。じゃ、雪だるまとか雪うさぎとか作ろうか」
 メイの言葉を受けて、巡の頭にフワッとしたイメージが頭に浮かぶ。
 赤い木の実を目に例え、緑の葉っぱで耳を作ってやる。
 雪だるまの方は、どうしよう。まずサイズ感から悩む。どうせだから大きなものを作りたい気もするし、けれど、雪うさぎと並べて和(なご)みたいという思いもあった。
 結論が出る前に、布留部がメイに連れられてやって来る。いつの間に誘っていたのだろう。相変わらず仕事が速い。メイの行動力といい、ほとほと感心させられる。
 そんなわけで、大人しく着いてきた布留部に対し、巡は素直に感想を漏らした。
「意外」
「なんでだよ」
「布留部は、雪とか……興味ないと思ってた、から」
「ねえよ興味。俺の地元毎年相当積もるし」
「じゃあ」
 どうして付き合ってくれるの、とは少し怖くて聞けなかった。
 なので、
「遊んでくれるって、本当?」
「気分転換くらいにはなると思ってな。いいよ、付き合ってやる。」
 布留部の返答を受けて、メイがピースサインを向けてきた。巡も真似て、控えめにピースサインを送り返す。
「ほら月ちゃんもピースピース」
「勘弁してくれ……」
 布留部はそこまでノッてくれなかったが、遊んでくれるというだけで充分だ。
 巡はお気に入りの歌を鼻歌に乗せ、防寒着をしっかりと着用するのであった――。


――――――――――――――――――――――――――――――――

<マスターコメント>

■ご挨拶
初めましての方は初めまして、そうでない方はお久しぶりです、灰島懐音です。
第三回ガイドは、先日大雪が降ってヒャッホイとなったので雪を降らせてみました。季節外れの割に、かなり降っております。漫月の特性かもしれません。
というわけで、ガイドを見てわかる通り、雪で遊びます。
人生相談をした公園あたりに行って、雪うさぎや雪だるま、かまくら、人数が集まれば雪合戦、と相成ることでしょう。
ああ、もちろんですが、ガイドに出ている灰島NPCに絡む必要は必ずしもありません。
一人で思う所があれば、そちらきちんと描写させて頂きますでご安心ください。
それでは、みなさまのお好きなようにどうぞ。

■NPCについて
布留部……保護者兼お目付け役。そのうち雪合戦に巻き込まれる。なお、お悩み相談も引き続き受けている模様。
メイ……巡が雪を喜んでいるので楽しい。巡と一緒に雪遊びをしている。
巡……雪が大好きでキャイキャイしている。いつもよりテンション高め。

それでは、みなさまのご参加をお待ちしております。

――――――――――――――――――――――――――――――――




<リアクション>

 目の前の景色を、リンヴォイ・レンフィールドは半ば呆然として見つめた。まさか、この地で見ることができるとは思ってもいなかったからだ。
「雪だ……!」
 思わず弾んだ声が出てしまい、一拍遅れて口元を隠す。別に誰かが聞いているわけでも、たまにこうしてはしゃいでしまうことが悪いとは思えなかったが、なんとなく恥ずかしかった。
(懐かしい……)
 それでも自然と口角が緩んでしまうことは避けられない。全ては郷愁の念だった。リンヴォイのいた国は冬になると雪が深く降り積もり、近隣では屈指の雪山に、騎士の訓練の一環として籠ったこともあったから。
(あの時は、正直、死にそうにつらかったな……)
 芋づる式に思い出された記憶に苦笑と遠い目。いや、うん、それもいい思い出だ。だってそう、物事は悪いことばかりではないのだから。
(……でも、楽しかった)
 訓練は厳しく苦しかったけれど、みんなで頑張って、全行程を乗り切った時は緊張の糸が切れて馬鹿笑いして……最後には、はしゃいだ誰かが言いだした。「雪合戦しようぜ!」もうみんな、そんな風に遊ぶ体力もなかったし、雪も見飽きるほど見て嫌になるくらいだったが、それでも――楽しかった。
 同時に、幼い頃幼馴染と雪遊びに興じたことも思い出す。
(今頃、何をしてるかな……)
 僕がいないことで、不自由はしていないだろうか。そうでなければ、いいのだが。
 ふと気分が少し沈んでしまったことに気付き、リンヴォイは頭を思い切り横に振った。昔のことを思い出すことが必ずしも悪いとは限らないが、過ぎれば毒だ。今は一旦、忘れよう。
 そして、リンヴォイは、静かに瞑想し、自分が今何をしたいのかを自身に問う。
 結果――。
「よし!」
 思い切り体を動かしたい欲求に衝き動かされたリンヴォイは、防寒具に身を包んで公園までの道のりを駆けた――。


 公園には、予想外の先客がいた。
「布留部さん、メイさん、巡さん!」
 相談や買い物をきっかけに仲良くなった、月読 布留部柚本 メイ神凪 巡たちだ。彼らは各々、コート、マフラー、手袋、耳あて……といった装いをしている。リンヴォイのそれと一緒だ。つまり、三人も体を動かしに来た可能性が高い。
「おう、リン」
「ちーすちーす」
「…………」
 三者三様の挨拶――巡は無言の会釈だった――を交わすと、リンヴォイは柔らかく微笑みながら、
「みなさんも雪を楽しみに?」
 と、またも弾みそうになる声音で尋ねる。その音の差が伝わったのか、布留部が「ふっ」と笑った。
「どうしました?」
「いや、お前、雪好きなんだなって」
 声のトーンの差で感情がバレてしまうとは思ってもいなかったので、少なからず驚く。けれど素直に同意することにした。
「はい、雪、好きです! 今日も遊びに来たんですよ」
「マジー? 俺たちもそーだよ。月ちゃんまだ数合わせだけど」
「数合わせ?」
「あのね……あとで、雪合戦、するの。人数が揃ったら」
「そうか。じゃあ、もし人手が足りなかったら声をかけて。雪合戦なら、控えが一人いれば遊べるもんね」
「ん……ありがとう、リン」
 巡の控えめなお礼に対して、リンヴォイは「どういたしまして」と言って頭を撫でようと手を伸ばし――その瞬間、彼女が、ビクッと体を竦めたことに気付いて、手を止めた。
「…………」
「…………」
「……あ……、……ごめん、ね?」
 どちらからともなく沈黙を破ったのは、巡の方だった。
「いや、気にすることはないよ。僕の方こそ、キミがまだ若いからといって、女性に対する態度を弁(わきま)えることを忘れていた。不躾な所作、申し訳ない」
「え……そこまで謝るほどじゃ……」
「ないかい? じゃあ、この後も遊んでくれる?」
「うん……もちろん」
 そう告げた時の巡の顔は、こわばりも少し解けていて、一応大丈夫かな? とリンヴォイは距離感を測りながら言葉を紡ぐ。
「ありがとう。それじゃあ、何をしようか」
「雪だるま……と、雪うさぎ。作るの」
「それはいい! 布留部さん、男手が必要になりますよ!」
 勝手に休憩タイムとしけこんで、ベンチで煙草を燻(くゆ)らせていた布留部に声を掛けると、「あー?」とやる気のない声が答えとして返ってくる。
「雪だるま作りですよ! 僕、雪だるま作り上手いんです!」
「じゃ、お前一人でやってくれ。俺は、寒い」
 と布留部は言うが、防寒対策は先述した通りバッチリだ。それでも寒いなら、体質だろうか。だとしても、
「動いている方が暖かくなりますって! ほら、こっちに来て!」
 と思ったので、半ば強引に引っ張ってくる。その間に布留部は器用に片手で煙草をもみ消していた。子供の前では、徹底して煙草を吸わない心がけが伝わってくる。
「さて、雪だるまなんだけど」
「はいはーいリンヴォイせんせー。俺ちゃんおっきな雪だるま作りたいでーす」
「わたし……小さいのがいい。自分一人でも作れるやつ」
「ふむふむ、なるほど。布留部さんは?」
「大小作るなら中くらいのサイズも作っちゃえば?」
「おおお! なるほどそれはいいですね!
 そうだ、巡さん! 雪だるまを並べて、その周囲とかてっぺんに雪うさぎを飾ろう! きっと可愛いと思うから!」
 その光景は巡にもすんなり想像がついたようで、普段は表情の変化に乏しい彼女が、ごく嬉しそうに微笑んだ。
「よーし、それじゃあ始めようか! 大きいのはメイさんが作りたいんだよね?」
「体格的に無理そうなら諦めるよん」
「そうだなあ……無理じゃないとは思うけど、ちょっぴり大変かもしれないね」
「じゃあ俺ちゃん中くらいの雪だるまを自力作成できるよう頑張る。大きいのは大きい人に任せマス!」
 元気よく敬礼したかと思えば、「ヒャッホー」と言いながらメイは雪に向かっていった。相当雪が好きなのだろう。あまりのハイテンションっぷりに、クスッと笑ってしまう。
「さて、と……そんじゃ、さっさと作るか」
「そうですね。では、まずしっかり固めた小さい雪玉を作ってください。それから、雪玉を雪の上に。いろいろな方向に満遍なく転がして、雪を付着させてください」
「あいよ。……、……しっかしいびつだな……スコップで削るか」
「あれ? 布留部さん、もしかして雪だるま作り慣れてらっしゃいますか?」
「俺んち地元が雪よく降ってたからな。幼馴染が雪だるま作りたがってしょっちゅう手伝わされてたよ」
「へえ……」
 何気ない会話から垣間見ることのできた布留部の境遇を、今度深く聞くことができたらいいな、と思った。まあ、お悩み相談の時に感じた彼の人柄的に、変なことを言わない限り真面目に応答してくれるだろう。そんなことを考えながら、リンヴォイは黙々と形を整える布留部の手元を見た。着々と形作られたそれを、「手伝って」と言われたとおりに手を貸し、コロコロと転がしていき、大きな雪玉を作成する。
「うわでけー」
「ほんとだ……いつの間にかもう、あんなに大きい……」
 少し離れた場所で雪だるまを作っていたメイと巡からそんな反応をもらったので、リンヴォイは二人に笑顔で手を振った。
「メイさん、巡さんもぜひご一緒に!
 1,2、1,2のリズムで、息を合わせて転がすんです!」
「い、いち、にー?」
「1,2っ」
「そうですそうです、その調子! ……うん、いい感じに下の部分ができましたね。では、上の部分もちゃちゃっと作っちゃいましょう!」
 との言の通り、頭の部分は胴体部分より小さいこともあって、すんなり作ることができた。この二つが揃えば、あとは頭を胴体に乗せるだけだ。その『だけ』が大変なのだが。
 けれど男手はもう一人分ある。彼がいればなんとかなるだろう。
「というわけで! 息を合わせていきましょう、布留部さん!」
「はいよ」
「ではいきますよ、そーれっ!」
 ゆっくりと持ち上げられた雪玉は、大きな雪玉の上にちょこんと乗せられた。バランスも上場、いい出来と言えるだろう。
「ふう……完璧だ。
 あとは……」
 雪をかき集めていると、メイがヒョイッと覗き込んできた。
「何してんの?」
「これはね、下の部分を少し雪で覆い固めることによって、倒れないようにしているんだよ」
「へえ~、俺もやっとこ」
 ペチペチと地固めするメイのことを微笑ましく思いつつ、ふと巡の方はどうだろう、と思ってみれば、彼女はなんと雪だるまを大量生産していた。
「巡さん……これは……」
「仲間、いっぱい。寂しくないでしょ?」
 その一言に、彼女の心までもが集約されているようで、リンヴォイは一瞬言葉を失った。
「……そう、だね。きっとみんな、寂しくない。巡さんのおかげだ」
 気休め程度のありふれた言葉だが、そんな言葉でもないよりマシだ。現に、巡は嬉しそうにしてくれた。――それだけしかできない自分に、少し苛立ったが。
「巡さんが頑張ってくれたから、あとはもう仕上げだけだね」
「仕上げ……?」
「そう。手頃な石と小枝を探してきてね、こうやって……」
 目と鼻と手足を作ってやると、さあどうだ。
「……どうしたことだ、めぐ。俺が思い描いてた雪だるまと違う」
「う、あ。わたしも……もっと可愛いの……想像してた……」
「え? 何か変かな? とっても可愛いと思うのだけど……」
「控えめに言って、アンバランスでユニークだ。例えるなら、福笑いで、鼻のパーツが眉間に来た時のような感じだな」
「フクワライはわからないけど……それって可愛いってことかな?」
「大いに違ぇ。……まあ、美醜の判定は個人の裁量だから」
「??」
「リンちゃんが可愛いって思ってれば可愛いってこと! だよね? 月ちゃん」
「はあ……」
 ならばつまり、可愛いということではないか。何か意思の疎通というか、認識の齟齬というか、微妙なズレがあったように思えるが気のせいだろうか。まあ、気のせいか。そうに違いない。
 その後四人は休憩と称してお茶――寒いと思って予め用意しておいたものだ。生憎カップの予備までは持ってきていなかったため、巡とメイに回し飲んでもらった――をいただき、手足のかじかむ感覚まで楽しんで。
「それじゃあ、僕はそろそろ行きます」
「おう。俺らは――」
「遊ぼうぜベイベ!」
「雪……」
「……まだまだ帰れそうにねえな。つうわけでリン、ゆっくり家で暖まってくれ。風邪には気をつけろよ」
「心配してくださってありがとうございます。布留部さんこそ、お体に気をつけて」
 そうして短い挨拶を交わすと、充実した午前中を過ごすことができた喜びを胸に抱き、帰途につくのだった――。


*...***...*


「寒ぃ……」
 刀神 大和は、唸るようにして呟くと、毛布を手繰り寄せた。暖かい、が、足りない。かといって暖房を入れるため起き上がるのも億劫で、暫くの間布団を頭からかぶった。
 寒いし、ついでに眠い。昨夜、明け方近くまでこの国の鍛冶に関する本を読みふけっていたからだろう。二度寝するか……と思った時、外から「雪ー!」というはしゃいだ声が聞こえてきた。
(雪……?)
 モゾリと起き上がり、窓辺に寄って外を見る。いつの間に降っていたのだろう、辺りは白い絨毯に覆われていた。
(どうりで寒いわけだ)
 ボーっとする頭を覚醒させるため、太陽光をキラキラと反射させる雪を眺める。その間、何人かの子供が家の前を行き来する。遊びに行ったり、帰ってきたりしているのだろう。のんきなものだ、と思いながらあくびをすると、少し目が覚めた。
(……、……出かけるか)
 そう思ったことに理由はない。この世界・漫月の気候では珍しいことかどうか知らないが、ここまで雪が積もると逆に面白い。せっかくだから、散歩に出かけてみよう。そう思った次第である。
 防寒着に身を包み、家を出ると新雪の上に足を踏み出す。サクッ、という音と感触が気持ちいいし、楽しい。今日の予定は特にないし、時刻もまだ昼前である。少しくらい遠出してみてもいいか。そう考えた大和は、あてどもなく歩き回ることにした――。


 三十分も歩くと、大きな公園に出た。公園では、子供たちが無邪気に遊んでいる。
(子供は元気だな~)
 と、成人していない自分のことは棚に上げつつ、しんみりと思う。
 近付いて観察しに行くと、子供たちは雪合戦をしているようだ。ワーワーと楽しそうな声を上げ、雪玉を作っては投げてと大忙しだ。
(……ん?)
 その中に見知った顔を見つけた気がして、大和は立ち止まった。いた。布留部だ。大人気なく雪を避けている。雪玉を作って投げないのは優しさだろうか。しかしそれでは雪合戦とはいえないのではないか。
「飛来物を避ける訓練でもしてるのか?」
 思わず、そんなことを尋ねてしまった。布留部は、飛んできた玉を払い落としてから「違ぇ」と否定の言葉を口にする。
「じゃ、何?」
「成り行き?」
 当事者である布留部が疑問形で答えたことに少しおかしさを感じながら、「俺は散歩に来た」と告げた。
「結構歩いたんだな」
 との言は、大和の靴を見てのことだった。ふと見ると、雪に塗れている。確かに、それなりの距離を歩いた。
「三十分くらいだな。雪には興味ないんだが、新雪を踏む感触に興が乗った」
「アイスバーンは鬱陶しいけど新雪はいいよな」
 意気投合したことにより、布留部は雪合戦から身を引いて大和の傍に寄ってくる。そのまま適当な位置に立って、子供たちを見守りながら喋ることになった。
「意外だった」
「何が?」
「布留部が子供たちに付き合うくらい雪を楽しんでることが」
「別に楽しかねえよ、俺の地元毎年これくらい降るからこんな景色ザラだし」
 むしろ雪かきがだりぃ、とぼやく彼に、ならばなぜ、と思う。と同時、彼は他人の人生相談をするくらいだからお人好しなのだろう、と自己解決した。
「優しいな、布留部は」
「んなことねえよ」
「子供たちに付き合うどころか的になってただろ。雪玉当てる気配もなかったし」
「あーもう、細かいとこ見てんじゃねえよ、なんか恥ずかしくなるだろうが」
 と言うと、そっぽを向かれた。図星だったらしい。やっぱり優しいじゃないか、と心の中で呟いて、雪合戦を見る。
 小さな子供を中心に、その子たちの面倒を見る青年に。彼らは邪気のない顔で雪を喜んでいて、思わずため息がもれてしまう。
「はあ……こっちの人生計画滅茶苦茶にしておいて、こいつら無邪気だよな~」
「世界の危機って理解してんのか? って聞きたくなるよな」
「まったくもってそう。放っておいたら死んじゃうのにな」
 子供たちを取り囲む環境は、お世辞にもいいとはいえない。それどころか、最悪だ。限られた財産を食いつぶしていくことしかできない、終わりへと向かう道を歩いている。
 だからこそ、朝比奈 愛依は召喚者を集め、復興への基盤を整えようとした。その考え方に依存はない。むしろ、生き残るためになりふり構わない在り方には同調さえできる。
 だが――。
「俺、基本こいつらに興味がないんだよな」
 ポツリ、と言葉がこぼれ落ちた。独り言のようなものだ。相手が布留部だから、できる。
「今はこの新しい環境で、新しい武器を造り出せる可能性を見つけて――それだけじゃない、他の可能性も含めて、やる気と興味が湧いてはいるけど、まだまだ環境が整っていない」
 おまけにこの大雪だ、と空を見上げる。苛々するほど、空は晴れ渡っていた。
「満足に動けもしない、やるべきこともできない、情報はなかなか集まらない……どうしろっていうのかねえ」
「まあ、焦ってもしょうがないんじゃねえの」
「それはわかってる」
「だよな」
「だからさ~こいつらが遊んでるとさ、思うところが出てくるわけよ」
「自分たちで解決する素振りが見えないのもなんともねえ」
「やるべきことはやってるんだろうけど、一部の子供たちだけだろうな」
「はン。どこの世界だって、働き蟻の割合は決まってんだよ」
「……で、俺たちはさながら、女王に新しく産み落とされた働き蟻?」
「なんでもいいよ、帰れんなら」
 元の世界に未練がないわけじゃねえから、と布留部は続けた。
「だから俺はお前に協力するし、お前に協力してもらうこともあると思う」
「なるほどね」
「そのための加持」
「俺も早くその守護? もらいたいんだけどさ、作業場がな~」
 話題がループしかけた時、正午を告げる鐘が鳴った。
「……っと、もうこんな時間か。布留部と話してるとなんだか時間の流れが速いな」
「そうか?」
「心なしか。……腹減ったな」
 そういや朝飯食い損ねた、と今になって思い出す。
「なんか作ってくるわ」
 と、不意に布留部が言い出したかと思うと、彼は南の方向に歩いていってしまった。
「なんかってなんだ? それより材料は?」
「なんかは不明。材料は、そこらのスーパーで調達してくる」
「え、布留部家事できんの」
「一人暮らししてたし家の手伝いとかもするだろ」
「いい子ちゃんだったんだな……」
「うるせえ。まあそういうわけだ、大和は俺の代わりに子供たちの面倒よろしく」
「なんで俺が」
「頼りになりそうだから」
 しれっと言われた言葉に、その切り返しはズルいだろう、と声を出しそうになった。そんな風に言われては断りづらいことこの上ない。おまけに布留部はスタスタと歩いていってしまったので、抗議の声を上げる間もなかった。
「はあ……やれやれだな」
 大和は大きく息を吐くと、相変わらず無邪気に遊ぶ子供たちを見守るのだった――。


*...***...*


 痛いほど冷たい気温に、公 玲蘭は何度目かの身震いをした。
 玲蘭が住んでいた地域では、こんなに雪が積もることはなかった。降ったとして、翌日には溶けてしまう程度である。そんな、寒さに耐性のない玲蘭には、この気温は厳しいものだった。
 防寒は、しっかりしているつもりだ。裏地がしっかりとしたコートに、ロシア帽。コートの下は何枚か服を重ね着しており、足元も冷やさないように対策を講じた。本来なら出歩きたくなかったが、食事がないためやむなく、といった次第である。
 スーパーとかにまだ食材が残っていればいいのですが、と思いながら差し掛かった公園で、メイや巡が雪遊びをしているところを見かけた。特にメイの方がはしゃいでいて――もっとも、巡の表情がもとから薄いこともあったが――、見ていて微笑ましくなるほどだ。
 そこでふと、あることに思い至る。全力で雪遊びをしている彼らは、そろそろお腹が空く頃ではないだろうか、と。それならば、玲蘭にできることがある。炊き出しだ。
(となると、やはりスーパーへ向かわないと)
 何はともあれ材料が必要になる。近場の店までそう距離はない。雪道のため慎重に歩いていても、十分もあれば到着する。
 そして辿り着いたスーパーには、布留部の姿があった。彼も到着して間もないのか、手にしたカゴにはまだ何も入っていない。
「こんにちは、布留部さん」
「ちわ。メシ?」
「はい、公園でみなさんが遊んでいたようでしたので、炊き出しをしようかと……」
「ああ、俺と同じ目的か」
「そうなんですか?」
「動き回って腹減ったから。あいつらもそうだろうなって」
「気配りができるんですね」
「普通だろ」
「普通に行えることが素晴らしいんですよ」
「俺、褒めても伸びない子なんで」
 つまり、照れくさいらしい。クスッと笑うと、バツが悪そうに「何作る」と乱暴な話題転換を持ちかけてきた。からかうつもりは毛頭ないので、素直にその話題に乗っかる。
「そうですね……基本は、少ない材料でできるもの、ですよね」
「だな。米とか小麦粉とか見に行くか」
「はい」
 そうしてやってきた小麦粉のコーナーは、すでに荒らされた後だった。空っぽの棚が、虚しく二人を出迎える。
 米のコーナーはというと、こちらも相当荒らされていたが、僅かながら食料が残っていた。
「もち米、ですね」
「蒸すか」
「そうしましょう」
 他にも塩胡椒や鰹節などの味付けに必要なものをカートに入れ、キッチン用品売場に向かう。
「ここが大型スーパーでよかったです、なんでも揃うから」
「だな」
 店内を歩く最中はそのように他愛のない話をし、目的のものを手に入れると、二人は外に出た。荷物は、自然と布留部が持つ形になっている。
「蒸し器なら軽いでしょう? 嵩張って邪魔でしょうし、私、持ちますよ」
「いいよ、別に」
「でも……」
「カッコつけさせとけ。男なんてそんなもんだから」
「では、お言葉に甘えて……」
 ふと、歩く速度が丁度いいことに気付いた。布留部が合わせてくれているようだ。そのことについて何か言うとまた気にさせてしまうと思い、玲蘭は黙ったまま、彼の隣を歩いた――。


 公園に戻ると、東屋で作業を行うこととなった。
「どうする?」
「まずはこの、蒸し終えたもち米を練って団子状にしていきましょう」
「すいとんみてえ」
「そうですね、そんなイメージです。葉物がないので、見た目は悪くなりますが」
 スーパーを探してみたけれど、野菜類は当然、なかった。パンデミックから八ヶ月が経ったという今、供給源が絶たれていてはあるはずもないと思っていたので、そこまでガッカリはしないで済んだが。
「鍋の用意できたぞ」
「あ、どうもありがとうございます。それではまず、出汁を取って……」
 着々と料理を作るものの、これだけ簡素だと代用食のようだ、と思ってしまった。いやいや、今この世界の状況を考えればこれでも充分のはずだ。気にしないことにする。
 最後に味見をしながら味を整えたら、頃合いを見計らって子供たちに声を掛けた。
「みなさーん。料理できましたけど、食べますか?」
 その声に、ワッ、と子供たちが集まる。
「おい、順番守れよ? 全員に行き渡るようにすっから」
 と、布留部がさり気なく列を作らせ誘導する。子供たちは素直なもので、ソワソワしながら自分の番を今か今かと待ちわびているようだった。やがて、各所から「いただきまーす」の声が上がる。
 しばらくして全員に配り終えると、ようやく布留部と玲蘭の分に手を付けられるようになった。
「そういえば疑問なんだけど」
「はい?」
「すいとんなんてよく知ってたな。地球出身だっけ?」
「いえ、地球ではないです。昔世話になったところで食べたことがあって、それを思い出しながら作ったんですよ」
「俺らの世界以外でも共通のもんってあるんだな」
「ですねえ。そうだ、よかったら今度、布留部さんの世界のことも聞かせてください」
「俺?」
「陰陽師、というのも気になりますし」
「大したもんじゃねえよ」
「謙遜なさらずに。……あ、よかった、すいとん、美味しいですよ」
 断る隙を与えずに話題を変えると、布留部はやれやれと首を振って、すいとんに口をつけた――。


*...***...*


 公園の方から、ワイワイと賑やかな声がしたので、アヅキ・バルはそっと覗きに来ることにした。そこにいたのが知らん顔ならそのまま帰ればいいし、知った顔なら話に興じてみるのもいい。
 さあどちらでしょう、と公園へ続く道を曲がると――。
(あれは、ふるべぇさん?)
 見知った顔こと、布留部がいた。彼の傍には大中小、様々なサイズの――そしてどこかユニークな顔立ちの――雪だるまが並んでいる。あれは布留部のセンスだろうか。だとしたらなかなか斜め上を行っている。きっと美術の成績は2、ですね、と失礼なことを思いつつ、アヅキは新雪を手に取り、雪玉を形作った。えいっ、と放る。
 緩やかな放物線を描いて飛んでいった雪玉は、布留部の肩口に当たって弾けた。嫌そうに眉をひそめて振り返る布留部の今日のコーディネートは、ダウンジャケットにニット、その下にカットソー、おまけで帽子や手袋耳あてなど――という出で立ちのようで、まあまあ暖かそうに見える。
「ふるべぇさん、今日もカットソーじゃないんですね」
「この雪玉お前か」
「目がマジですね。怖いですよ。雪、もっと楽しみましょうよ」
「もう俺は朝イチの雪だるま作りで力を使い果たした。ガキは元気だねえ」
 と言って布留部が見たのは、巡とメイの方だった。二人は雪玉を作っては投げ、作っては投げと繰り返し飽きることもなく楽しんでいる。
「そういえば、カットソーですが」
「まだその話題引っ張る?」
「っていうツッコミが引き出せるかと思って」
「そうかい。で、なんだ、続くのかその言葉」
「さすがに私もこの状況でカットソー姿の方を見かけたらドン引きですねーって言おうと思って」
「俺だって退くわ」
「でも、雪かぁ」
 未だ、チラリチラリと忘れた頃に降ってくる雪を手のひらに乗せると、儚くも淡い欠片は音もなく溶けた。
「アラクニアには雪、ないんですよ」
「へえ?」
「まぁ、私は地球生まれの地球育ちなので雪は知ってますけどね」
「ああ、そうだったな」
「そういえば住まいをお伝えしていませんでしたね。私、京都の南の方に住んでおりまして。そちらの方は、滅多に積もらないんですよ」
「場所によって違うよな、京都」
「そうですね。……場所といえば、ふるべぇさんは、どの辺りにお住まいだったんです?」
「俺? 福島の片田舎」
「田舎だったんですか」
「お隣さんちがキロ単位で離れているようなとこ」
「それはまあ随分な……」
 垢抜けた喋り方や堂々とした態度から、田舎者のイメージがなかったため、少なからず驚く。けれど布留部はさもありなんといった様子で子供たちを見守っているので、アヅキもなんとなくそれに準じた。
 そこでかまくらが目に入り、「そうそう」と話の引き出しが開く。
「かまくらってあるじゃないですか」
「あるな、あそこに」
「ありますね。お父さんたち、かまくらを初めて見た時トーチカと勘違いしたんです。だから、子供たちの雪遊びは、嬉々としてトーチカやダミー人形を作り、雪玉を使って軍事訓練を行っているって思ったそうですよ」
「トーチカ……ロシアのあれか、戦線に点在する陣地か」
「そうですそうです。そんなものポコスカ作って雪玉をぶつけ合うから、地球人はなんて好戦的な種族なんだって戦慄を覚えたとか言ってましたね。地球人、恐ろしい子、って」
「ハハ。何も知らねえヤツが見たらそう見えるのか。おかしいな」
「笑い事でもないんですよ。対抗して、雪でトーチカ作ったり、塹壕を掘っていたお兄ちゃんが生き埋めになって走馬灯を見たりして、お母さんに『あなたたちやりすぎよ』って怒られちゃったんですから」
「そりゃ頑張りすぎだ。アヅキは? 塹壕掘ってたのか?」
「私ですか? 私は、近くで妹と一緒に雪だるま作ってました。まぁ、女の子ですから」
「そういやそうだった」
「ちょっとーふるべぇさん、今日私に対して雑じゃ――」
 ありません? と続けようとした時、景気のいい声がした。
「アズーキじゃん、ヘイ」
 振り返れば、そこにはホーリー・ホワイトが立っていた。ホームセンターで拝借したのだろうか、シャベルを持ち、カウボーイハットにいつものコート、ネッカチーフ、ウエスタンシャツ――と普段の出で立ちで立っている。あのシャベルは一体なんだろう。大方、雪合戦を何か別のものと勘違いしたのだろうけれど。
「あら。誰かと思えばホーリーじゃない」
「カップルいるから冷やかしに来た。カップルを冷やかすのは礼儀ってもんだろ?」
「初めて聞いたわそんな礼儀」
「ミスター、初対面からトバしていくスタイル? いいね嫌いじゃねぇぞ」
「第一カップルじゃねえよ、ガキに興味はねえの」
「ガキって失礼ですねぇ。ふるべぇさん、私と大差ないでしょう?」
「……これでも29だよ、たぶんお前と一回りくらい年齢差あるよ」
「ミスター、29? 悪いがそりゃなんの冗談だ? せいぜい俺らの一個二個先輩ってトコだろ」
「外見年齢が実年齢に追いつかねえんだよ気にしてんだから黙れ」
「ところでふるべぇさん、私たちカップルに見えるそうですよ? どう思います?」
「誠に遺憾です」
「国会中継のテンプレのような言葉で返された私こそ遺憾ですね……」
「へぇ、ミスターはフルベーっていうのか」
「フルベー、なんて間延びしねえで布留部、だけどな。一応な」
「布留部? フルベー? 後のほうが楽だな。ヘイミスター、そっちで頼む」
「ああ、もう、どっちでもいいよ」
 投げやりに布留部が肩を竦めてみせる。と、人が集まってきたからか、なんだなんだと、巡とメイが戻ってきた。
「なんか大所帯になってるー」
「布留部……モテる……?
「別に俺効果じゃねえよ。そういやそこのカウボーイハット。一同が会したところで自己紹介でもしようや。いつまでもお前だのミスターだのじゃ味気ねえだろ」
「それもそうだな、ふるべぇ、ナイス提案だ。
 まずはそこのちみっこ、おかっぱ、名を名乗れ」
「め、巡……神凪、巡」
「めぐー、ちょっと変わってるけど悪い人感ないよこの人。見た目の豪奢さに怯えなさんな。
 てなわけで俺ちゃんはメイね、柚本メイ。よろしく~」
 ひらひらと手を振るメイにホーリーは深く頷くことで返し、布留部に視線を向ける。
「ミスターは?」
「名前以上に必要か?」
「ふるべぇさんは陰陽師なんですよ」
「オンミョージ? なんだそれ呪術師か?」
「大体合ってる。そういうヤツだ俺ァ」
 ソイツは食えねえなぁ、とホーリーはニヤリと笑う。
「不穏な笑みだな、おい」
「受取方次第だ、フルベー。……で、ちみっこいのがメグル、おかっぱがメイ。合ってる? OK、覚えたぞ。よろしくな」
「で、お前さんは?」
「忘れるところだった。
 オレの名前はホーリー・ホワイト。
 荒野を駆け抜ける紅の孤狼スカーレットウルフとは、オレのことだ」
 ……とはいえ、ここは荒野ではなければ雪が敷き詰められた公園で、いまいちサマにならなかったが。
 それにしても、とホーリーはアヅキに向き直り、真顔でカウボーイハットをクイッ、と目深に被った。
「アズーキ、これはなかなか合理的だぜ。
 この世界のガキは、雪を使って射撃訓練をし戦闘勘を磨いている。
 ガキはそうとも知らないうちに、兵士としての下地が作られていくわけだ。
 わかるか? 侮れない。侮ってはいけない場所なんだ」
 被り直したハットの下、ドヤッ、と笑ってみせると、「勘違いしてるところ悪ぃけど」と布留部の声がした。
「雪遊びっていうきちんとした文化だよ。雪合戦は雪玉ぶつけ合ってキャーキャー言うだけの遊びだし、かまくらなんかは暖を取るには適してる。決して射撃訓練でもなければ籠城作戦でもない」
「……マジ?」
 思わず真顔になってしまった。が、その真顔にも布留部は真顔で「マジ」と返してくる。こりゃあマジだぜミスター、勘弁してくれよ、と大仰にのけぞる。
「じゃあ雪の中に石入れるとかはどうだ?」
「実戦向きで大変いいが、今回みたいなエンジョイ勢相手にそれをしでかそうものならお前悪役街道まっしぐらだぞ」
「そりゃ嫌だな。仕方ねえから、ガキの遊びに全力で付き合うことにするぜ」
 付き合わないで帰る、という選択肢もあったのに――と、偶然にもアヅキと布留部は同じ感想を抱く。恐らく、根本的にいい人なのだろう。本人に言ったら否定されるパターンだ。
「遊びだから義手は封印な」
「義手? ホーリーって義手なん? かっけえー」
「メイ、これはカッコイイだけじゃない。この時期はナメちゃいけないんだ。接続部から凍傷になる可能性も秘めている」
「やだそれ怖い」
「メンテは定期的に行わないとならない。カッコよさの代わりに失ったものだな」
「なんだって等価交換なのねぇ……」
 そんな会話をメイと繰り広げながら、ホーリーは塹壕の掘り方を教えようとして――
「シット! 積雪がたりねぇ!」
 塹壕とは、人が立って通れる、両サイドが雪でできた道――といえばわかりやすいだろうか――だ。
 つまり、今日程度の積雪量ではなんともならない。仕方がないので、いざという時はこうするんだぞ、とやり方だけ教えておいてやる。まあ、今日役に立たなくてもいつか役に立つ日が来るかもしれないだろう。
「それにしても」
 不意にアヅキが言った。なんだ? と四対の目がアヅキに向かう。アヅキは注目されるようなことじゃないですよ、と苦笑した後、「安心しました」と言った。
「安心? アズーキ、不安だったのかよ?」
「だって、ホーリーがお父さんたちと同じ勘違いをするから。同じ考えの人がいるんだなあって勝手に親近感がね。
 ところでホーリー、私は小豆でアズーキでもなくてアヅキだからね。秋に月でアヅキ」
「? アズーキ。言えてるだろ」
「イントネーションが違うんだよ、俺の言うように言ってみ」
 助け舟を出したのは布留部だった。やっぱり面倒見がいいなあ、と思いながら、アヅキは二人のやり取りを聞く。
「アズーキ」
「そもそも伸ばさねえ。ア、ヅ、キ」
「ア、ズ、キ?」
「そうそう」
「アズキ」
「それだと発音が小豆だ」
「そもそも小豆ってなんだよ! アズーキはアズーキ、はい決定! オレの中で可決!」
 などと騒がしくしていると、自然と人は集まってくるもので――。


 ――時刻は一時間ほど前に遡る。
 ミーティア・アルビレオがスヤスヤと寝息を立てていると、元気にはしゃぐ子供たちの声がして目が覚めた。
「雪合戦だって~!」
「なんだかすごく久しぶりじゃない?」
「こんなに積もることなかったもんね!」
 明瞭に聞こえてきた会話に少しだけ微笑ましさを覚えながら、ミーティアはカーテンを開く。外は一面の銀世界だった。文字通りの景色に、つい、言葉を失ってしまう。
「……綺麗だねぇ」
 誰にともなく告げた言葉は誰にも届かず、積もった雪の中に消えた。
 そんなことを風情だねぇと思いつつ、ミーティアはパジャマから私服へと着替える。先日の買い出し――金銭感覚がない世界なので、物盗りのようなものだったが――で揃えた服を重ね着し、防寒対策をバッチリ完璧にこなす。そして、ドアへと爪先を向けた。外に出ると、太陽の光が雪い反射して目を刺してくる。
「眩しい~」
 ウンウン唸りながら目を擦り、公園への道のりを歩く。
(眩しいから起きると思ったけどぉ、そうでもないなぁ~……)
 ぼんやりと取り留めのないことを考えながら、日差しの暖かさに心地よさを覚えた。眠れる。今すぐ眠れる。
 だが今日のメインは雪合戦なのだ。そこに辿り着く前に朽ちてはならない。そもそも、雪景色の中で寝たら、死ぬ。
 なんとか辿り着いた公園でも、ミーティアはあっちにフラフラこっちにフラフラと覚束ない足取りで歩いていた。目を擦りながらなので、視界が安定しない。でいると、当然、人にもぶつかるわけで――。
「っと……?」
「っぷ……」
 やはりというか、ぼすん、と誰かにぶつかった。
 見上げると、そこには布留部が立っている。なんだ誰だとでも言いたげに、彼は彼の視線で突撃者を探していた。
「ここにいるよぉ~」
「ああ……小さすぎて気付かなかったわ、悪い」
 本気なのか冗談なのかわからないラインの言葉に、ミーティアはぷぅ、と頬を膨らませる。
「お前も雪遊び?」
 怒ったりする前にさり気なく話題を変えられ、抗議の言葉も忘れて、ミーティアは頷いた。
「うん、今まで寝てたんだけどぉ~」
「もう正午過ぎてますがそれは」
「いつものことだからぁ。気にしたら負けぇ。で、起きたら雪合戦してるって聞いてぇ、来ちゃった~」
 どこまでものんびりとした調子に布留部はやれやれと言わんばかりにかぶりを振った。
「楽しみだなあ~雪合戦」
「お前雪合戦知ってんの」
「うん、それくらいはねぇ。あれでしょ? 雪を投げ合ってぇ、先に相手を雪に埋めた方が勝ち、だよね?」
「そんな殺戮的な雪合戦知らねえよ」
「ナイス、そういうものが『合戦』という名を冠するに値する」
 横から口を挟んできたのは、カウボーイハットの少女だった。アヅキも隣に並んでいる。
「アヅキちゃんおはよぉ~。
 隣の人は初めましてだねぇ。こんにちはぁ。私、ミーティア・アルビレオっていうのぉ、よろしくねぇ」
「オレはホーリー・ホワイト。荒野を駆け抜ける紅の孤狼スカーレットウルフとは、俺のことだ!」
「決め台詞かっこいいねぇ。わたしも何か考えようかなぁ~。ふるべぇ、何かいいのないぃ?」
「なんでそこまで面倒見なきゃなんねえんだ、やだよ」
「そうだミーティア、決め台詞は自分で考えてこそ命が吹き込まれる」
 ドヤ、とホーリーが言ってきたので、なるほどそういうものかぁ、と半ば流し気味に聞きつつ、雪玉を作る。
「なんだ、雪合戦すんのか」
「しないのぉ?」
「これだけ人数も集まったことですし、偶数……ときたら、ふるべぇ? わかりますね?」
「メイとメグルも含めれば3対3で面白い勝負ができるな」
「えっ何雪合戦?」
「仲間にいーれて……」
 幸い、布留部以外は肯定的だったので、有無を言わせぬパワーで雪合戦に巻き込む。
 グループ分けの結果、ホーリー、布留部、巡VSミーティア、アヅキ、メイ、というチームになった。まあ、均等に分かれたといえばそうか。
 陣地決めを済ませ、チームごとに分かれようとした時、「わぷっ」ミーティアは雪に足を取られて、新雪の上に頭からダイブした。
「うぅ、冷たいよぉ」
「お前、そんなザマで雪合戦できんの……?」
 明らかに胡乱(うろん)な目をした布留部に問われたが、転ぶことと雪合戦することのどこに関連性があるのだろうか。運動神経? それにおいては、ミーティアには関係ない。
「これでも元の世界の時はぁ連戦連勝だったんだよぉ」
「見えねえ」
「ふっふっふー、楽しみにしてるといいさぁ」
 そうして両チームが陣地に分かれると、まずは各々遮蔽物に隠れながらせっせと雪玉を量産していった。例外として、巡とメイは作っては放り、作っては放りと子供らしい雪合戦を楽しんでいる。
 そうでないガチ勢は、量産した雪玉を手にするとようやく顔を出した。
 まず木陰から半身を出したのは布留部だ。それを見てからか、ミーティアが遮蔽物から姿を現す。
「雪玉いっぱいできたよぉ」
「どこに?」
「ここに~」
 と言うと、ミーティアは遮蔽物の影に置いてあった雪玉を浮かせてみせた。布留部は別段驚くことなく、「たくさん浮いてんな」とごもっともな発言を告げる。
「雪を浮かせるとか器用なことやりやがる」
 どこからか、ホーリーの声がした。感嘆したような呟きだった。
「ふふふ、見たかふるべぇ。戦いは数なのだよぉ」
「当たればな」
「これだけの数を避けるのは無理だと思うよぉ?」
「いやでも俺当たりたくないし。雪合戦も巻き込まれてやってるだけだから」
「?? じゃあどうするつもりぃ?」
「こうするつもり。――オン・バゾロ・ドハンバヤ・ソワカ」
「……? 何それぇ」
「結界張ってみた」
 結界? と疑問に思いながら、とりあえず雪玉を一斉掃射してみる。
 すると、布留部の周りだけ、『何かがある』ように弾かれてしまった。
「……ふるべぇ、陰陽師って本当だったんだねぇ」
「なんだと思ってたんだ俺を」
 と彼が言って投げてきた雪がミーティアの顔に当たった。冷たい。
「結界なんて張ったらやりかえせないじゃん~ずるいよぉ」
「あんだけの雪玉操る能力者に言われたくねえな。つーわけで、この先お互い過剰なスキルはナシのガチンコ勝負といきましょうか?」
 どちらにせよ、ミーティアも雪玉一斉掃射などという大人げない行為は最初の一撃だけにしておこうと思ったので、その案には大いに賛成だ。
「今度こそ当てるよぉ」
「おう、当ててみ」
 不敵な笑みをもって雪合戦が白熱している頃――。
 ホーリーは早々に戦線を離脱し、メイと巡の雪合戦に混ざっていた。なんとなく、ミーティアと布留部の間に割って入ることが憚られたからだ。
「――で、雪合戦をする場合は木や遮蔽物をなるべく利用すること。利用してる場合上手?投げでな」
「ふんふん、そいでそいで?」
「逆に、体を晒している時は、アンダースローだ。ポケットに雪玉を詰めておくのを忘れるなよ。あとメグル、お前肩の力抜け。脱力して投げろ、リラックスだ」
「ん……善処する」
 真剣に頷いてくれる子供に教えるのは、なんだか気分がいい。
 実践的なことまで含めて軽く教えてやってから、2対1――時折アヅキが混ざって、2対2で――遊ぶ。
「しかしこれ終わりがねえな。いつになったら終わるんだ?」
 ただ一つ、そんな疑問を残して――。


*...***...*


 幼い頃、源 ハジメは蝦夷地で活躍する犬ぞり隊に憧れたことがある。凛々しさとかっこよさに、初めて見た時は息を呑んだものだ。
 いつかは、マッシャー――犬ぞり使いとして、牽引したいと考えていたところの、この雪。そして――ヴォルクという、恰好のパートナーがいる。……もっとも、パートナーと認識しているのはハジメだけの可能性が高いが。何せ、ハジメはお犬様ヒエラルキーの中で最下層の扱いに準じているのだから。
 恐らく一蹴されて終わるだろうが、動かなければ何も起きなかったという事象すら発生しない。ハジメは、ヴォルクの住まいを尋ねることにした。
 道中、スポーツ用品店でスキー板とコンテナボックス、また、ペットショップからはハーネスを拝借し、万全の体制を整えてある。
「閣下ー! ヴォルク閣下ー!」
 いざ家の入り口に立つと、ハジメは大声でヴォルクのことを呼んだ。すると、さも面倒臭げにヴォルクが現れる。この大雪、若い犬ならほとんどが喜んで遊ぶシチュエーションにも関わらずドンと構えている様子は、閣下たる所以だろう。
 だがまあそれはひとまず置いておいて。
「牽引お願いしまーす!」
 元気よく言ってハーネスを差し出すと、ガブリと尻を噛まれた。ヴォルクはやたらと尻を責めてくる。しかも――本気ではないにしろ――甘噛のつもりはないようで、結構痛い。
「嫌なんですか?」
 と言うと、プイ、とそっぽを向かれた。嫌なんだろう、多分。
 だけどここで退いてしまったら、なんのためにヴォルクのもとを尋ねたというのか。いや、彼の顔を見ることができたことはいいことでもあるが、第一優先事項はマッシャー体験をすることだ。多少嫌がられても強引に頼み込む。
「そり遊びはきっと子供たちも喜びます! だからこれは僕のためだけではないですよ! ひいてはみなのため、そう、みなが笑顔で過ごせるような一日に――痛い痛い尻はやめてください!! まだハーネスもつけようとしてないじゃないですか!」
 前口上の段階でまた尻を噛まれた。僕の尻は大丈夫だろうか。顔を合わせて三分で恐怖を覚えた。が、まだハジメは頑張る。
「ね! みんなと楽しめるように、ハーネスつけましょ――いたたたたたた、閣下、いつもより強いですよ!? ガチの噛みつきじゃないですか!? 僕の尻大丈夫ですか!!? もう言わないんで尻は勘弁してください!!」
 さすがに身の危険を感じたのでやむなく退くと、ヴォルクはフン、と鼻を鳴らして歩き出した。どこへ行くのだろうとついていくと、公園に出る。そこでは何人かの子供たちが雪だるまをつくったり、雪合戦をしている光景が広がっていた。
「わあ……! ほら閣下、子供たちもいますよ! そり――いえ、なんでもないです」
 ジロリと睨まれたので言葉を引っ込め、とりあえず荷物を置いて、遊びの中心人物となっている三人組のもとへ向かう。
「こんにちは! みなさんも雪で遊びに?」
「そうだよー」
 と明るく答えたのは、明度の高い茶髪のおかっぱ少年だった。人好きのするいい笑顔を浮かべている。
「あのね……雪だるま、作ったの」
 控えめに言ってきたのは、どこかアンニュイな雰囲気を漂わせている黒髪の少女だ。
「俺は保護者」
 そして最後に端的に言ったのは、ハジメと同じくらいの身長で、ガタイのいい――筋肉の付き方から、恐らく何かやっているであろう――青年だった。
「そうだったんですか。あ、自己紹介が遅れました。僕の名前は源 ハジメ。故郷では伍長を務めておりました。軍人です」
 ですが気負わず、気楽にハジメ、と呼んでくださいね、と言うと、真っ先におかっぱ少年が笑った。
「ハジメくん。りょーかーい。俺は柚本 メイ。俺のことも気軽に呼んで!」
「……神凪 巡」
「月読 布留部だ」
 次いで行われた自己紹介で、最後に名乗った彼――件の青年だ――の言葉の響きに、ふっ、と懐かしさを覚えた。彼のことをじっと見つめると、訝しげに首を傾げられる。
「どうかしたか」
「いえ、布留部さんって……」
「さん付けいらねえよ、敬語も」
「すみません、敬語も敬称も癖のようなもので……お嫌でなければこのまま呼ばせていただいても構いませんか?」
「もちろん」
「ええと、話を戻しますが……貴方、?同郷の方……ではないですよね?」
「そうだな、現代日本にゃ伍長はいねえし。アメリカにはいるが、お前はそっちのヤツじゃねえだろう」
「はい。高天原皇国出身です」
「こっちは地球の日本だ。……で、同郷がどうかしたか?」
 そこでもう一度、彼の名前を頭の中で繰り返す。
 ふるべ、ゆらゆらと――。
「お尋ねしたいことがあるんです。布留部さんの名前についてなのですが」
「ああ、何?」
「『ひふみよいむなやことにのおと、ふる?べゆらゆらと』……十種大祓(とくさのおおはらい)といって、大元帥陛下に連なる史書に出てくるんですけれど?、同じ響きなので気になって……」
「ああ、そうだよ。俺の家、代々祓い屋だからさ。験担ぎっつーかなんつーか、そんな感じで名前決められた」
 そのことを思い出したのか、布留部は苦い顔で眉根を寄せた。
「まあ、それ系だよ。厳密に言えば少し違うけど」
「そうなんですか?」
「ああ。俺の場合は『ひふみよいむなやここのたり、ふるべゆらゆらとふるべ』だ」
「十種神宝(とくさのかんだから)の方でしたか」
「その通り」
 そう聞いて、なんとなくハジメはホッと安堵していることに気がついた。この地にも、似た響きのものがある。そのことが、なんだかとても安心して。
 僅かに黙考していると、「どうかしたか」と布留部に声を掛けられた。
「ああ、いえ……いい名前だなあ、と思って」
「29年の人生で初めて言われたよ」
「29歳なんですか? 見えませんね」
「ほっとけ」
「でも、いい名前だと思ったのは確かです。知っている響きがある。そのことに、僕はとても――」
 言いかけて、やめた。代わりに、「僕にも望郷の念はそれなりにあるってことなのか」とひとりごちる。布留部は何も言わず、ただハジメの呟きに耳を傾けているだけだ。ただそれがありがたくて、ハジメも静かに黙った――。


 何やらハジメこと伍長が難しい顔をしているようだが、ヴォルクには関係なかった。なぜなら巡とメイと遊ぶことが最優先だったからだ。
 幸いソリは伍長が用意してある。
 そして、かなりの積雪。
 公園が織りなす緩やかな斜面。
 材料は全て揃った。
 ヴォルクはメイに向かって「ハーネスをつけてくれ」と頼む。メイはいいよー、と軽く答えてソリに繋がるハーネスを締めた。
 さあ、では、さんざん遊んでやろうじゃないか。
 フンフンと巡に鼻先を擦りつけ、近付くようアピールする。が、巡にはヴォルクの言葉がわからないので、「くすぐったいよ、わんこさん」と言って笑っていた。巡が笑っている、それだけでもよかったが、今日のロケーションではもっとやるべきことがあるだろう。
 ヴォルクは再びメイの方を見た。俺の気持ちを伝えてほしい、と言って、伝言を任せる。
「そりに乗れって」
「え……」
「犬ぞり! 俺ちゃんも乗っていいって言われたから乗るー!」
 元気よく乗るメイと、おずおず、といった風にそりに乗る巡たちの姿は対照的で、ヴォルクは小さく笑った。そりはそこまで大きくなくて窮屈かもしれないと思っていたが、小柄で華奢な二人にはちょうどよかったようだ。メイが後ろに座り、膝を立てて座ったその隙間に、巡が体育座りでちょこんと座る体勢となった。
 ハーネスを握ったのはメイだ。巡の重量では操りきれないと踏んでのことだろう。ヴォルクもそう提案しようと思っていたところだったので、その選択に満足しながら走り出す。
「うわ結構速!」
「すごい……!」
 背後から聞こえてくる歓声に気分を良くしながら、ヴォルクはさらにスピードを上げる。途中、伍長と布留部が話している場面にも遭遇し、伍長が「あーっ! 閣下、ハーネスつけてる! 誰ですか閣下にハーネスつけたのは! 僕がつけたかったのにー!」と叫んでいたが気にしなかった。伍長クラスにハーネスはつけさせてやらん。メイならまあ、構わないだろう。巡への意思疎通を担ってくれている彼に、ヴォルクはちょっぴり感謝している。とはいえ巡につけてもらうのが一番だったが、巡はハーネスという存在をそもそも知らなそうだったので、やむなしというわけである。
 公園を数周走り回った後、ヴォルクは伍長のもとへ向かった。
「閣下……?」
 無言で彼を見つめていると、突然、伍長が感極まったように口元を押さえた。
「まさか……! 僕にも乗っていいと……!?」
 そんなわけはない。
 なので、例によってメイに翻訳させる。
「えっとねー、そり遊びで俺たちが楽しんだのがヴォルクくん嬉しかったみたいで、『そりを用意した褒美に一緒に走る栄誉を与えなくもない』だって」
 その通りだ、と満足気に鼻を鳴らしてみせると、伍長はガックリと肩を落としていた。知ったことかと走り出し、ついてきていないことを確認すると「ワン!」と吠えて誘導する。それでついてくる辺り、やはり伍長のヒエラルキーは相当下で問題ない。
 しばらく走り回ったが、伍長がヴォルクに追いつくことはできなかった。いくら鍛えている軍人とはいえ、ハスキー種が異常発達してしまったヴォルクの身体能力についていくのは難しいようだ。
 なので今回は特別に温情をかけることにした。
 地面に四つん這いになりゼーゼー息を整えている伍長の、襟をくわえる。
「え!?」
 伍長が戸惑った声を出したが、これもまた知ったこっちゃない。時間を無駄にするのも嫌なので、さっそく走り始める。
「ちょっ閣下……! これ絞まる絞まります死ぬ……!!」
 喋れる余裕があるなら大丈夫だ、とばかりに今日イチハードな走りをした。
 巡とメイは楽しかったねとはしゃいでいたが、一方伍長は木の陰に寄って今にも吐きそうな顔をしていた。巡たちとの扱いの落差が酷いことになっているが、相手は伍長だ、いいだろう。だがまあ無理をさせた感は否めなかったので、背中をさすってやる。
「か、閣下ぁ……お優しい……」
 もちろんだ。
 たまにはこうして飴も与えなければ。
 そんな心の中は当然隠したまま、ヴォルクは伍長が落ち着くまで背中を撫でてやるのだった――。


*...***...*


 織主桐夏は、窓の外の景色を見て思う。この世界でも、雪は降るんだな、と。だからどうしたということはない。できることといえば、スノービルダーの実力を遺憾なく発揮することくらいだろうか。スノービルダーといっても、別にスノーボードをハンドメイドするわけではない。言葉の通り、雪を建築するのだ。そういうことに、桐夏は長けている。
 ではいざゆかん、と先日ファッションビルで購入――というか、取ってきたというか――した黒コートを羽織り、同時に手に入れていた手袋も装備する。雪遊びをすると言うのにこの恰好は少々薄着過ぎて若干寒いが、これ以外まともな防寒具がないから是非もない。
 家の外に出ると、すぐさま回れ右をしたくなった。寒い。当たり前だ、雪が降るくらいなのだから。いや、それにしても寒すぎるだろう。こうなったら早く体を動かさなければならない。動いていれば案外なんとかなるものである。ポケットに手を突っ込んで肩を怒らせながら歩き、さてどういった『雪遊び』をするかと考える。
 テンプレ展開に落とし込むなら、超技術でとんでもない像を作って周りからの賞賛を得たり、桐夏の読んでいた漫画に出てきた猥褻物陳列罪スレスレの形状をしたブツの完成度の高さを競う流れだが、前者はチート不足だから無理だし、後者は著作権と公序良俗的にアウトだろう。
(柚本くんや布留部はノってくれそうな気がするが……)
 問題は、巡だ。きっと、外気温以下の冷たい視線を向けてくるに違いない。しかしそれは困る。なぜなら巡はこの地で見つけた貴重なクソマイスター候補生だからだ。こんなこと――というと、桐夏にとっては語弊があるが――のために彼女を失うのはとても痛い。
 じゃあ何を作ろうか、と歩きながら考える。パッと思いついたのはかまくらだった。ごく普通の思考だ。さすが俺、クソテンプレしか出てこないぜ、と自画自賛していたら公園に着いた。その積雪量に、東京だったら電車が止まってホームに人がごった返すな、とか、北から目線でSNSが炎上するんだろうな、といったとりとめのない感想を抱く。
「さて、やるか」
 敢えて口に出すことで自身を鼓舞した。ここからは重労働だぞ。そんなことを思いながら。


 巡がそれを見つけたのは、もう本日何体目かの雪うさぎを作り終えた時だった。
(……かまくら?)
 見たところ、ごく普通の、ちょっと大きめのかまくらだ。遊んでいるうちに、いつの間にか誰かが作っていたらしい。
(かまくらって、作るの大変そう……)
 ぼんやりと制作過程を思い描く。雪を集めて、固める? 巡の考えでは、そこまでしか思い浮かばなかった。天井などはどうやって作るのだろう。人は不思議だ、なんでも作ってしまう。
 その時、かまくらから一人の男が顔を出した。
「お、神凪ちゃん、ちょうどいいところに来たな」
「桐夏……? これ、桐夏が作ったの?」
「そうだよ。神凪ちゃんたちが遊び疲れたら休めるように作って正座待機してた」
「正座なんて……声、かけてくれればよかったのに」
「ボケが通用しないってつらいな」
 桐夏が苦笑したので、何かまずいことを言っただろうかと不安になる。が、すぐに桐夏は「それはそうと」と話題を変えた。気遣ってくれたのかもしれない。
「……優しいね」
「ん? 何が?」
「なんでもない……」
 小声で伝えた礼は届かなかったようだが、それでもよかった。気恥ずかしかったから。
「神凪ちゃんはもう雪遊びしないの」
「いっぱい、雪だるまと雪うさぎ作った。見て」
 そう言って桐夏のコートの袖を引っ張り、リンヴォイと協力して作った雪だるま・雪うさぎコーナーを紹介する。
「たくさん作ったんだな」
「楽しかった……」
「あっちの二人みたいに雪合戦はしなくていいのか?」
 と、桐夏が指差したのは布留部とメイによる一対一の雪合戦だった。布留部の運動神経がいいのか、はたまたメイが運動音痴なのかはわからないが、布留部の投げる玉は百発百中の勢いでメイに当たっていた。見ているだけで冷たそうだが、遊んでいて体温が上がっているらしく気にした風はない。
「頭数が足りないなら俺が入ってあげよう」
「ううん……大丈夫」
「そう? 楽しいぞ、雪合戦」
「雪玉……飛ばないの」
 力がなさすぎるためだろうか、巡の放る雪玉は相手に当たるどころか届きもしなかった。それでちょっと拗ねたというのも雪合戦をやめた理由の一つだ。
「なるほど、じゃあ今は休憩中か」
「ん」
「ならば俺のかまくら――否、かまくら『改』に神凪ちゃんを招待しよう!」
「かまくら、改……?」
 聞き慣れない――というか初めて聞いた――単語に首を傾げると、桐夏は「さあ、こっちだ」と言って歩き始めた。そう、先程彼が出てきたかまくらのもとへ。
 近付いて見つめてみても、どこが普通のかまくらと違うのかがわからなかった。
(特殊な雪でできているとか……、……どんな雪なの、それ)
 ウンウン唸っていると、またも桐夏に声をかけられた。
「そんなところじゃ寒いだろ。こっちにおいで」
「ん……」
 ハテナまみれのままかまくらへ足を踏み入れると――。
「おこたがある……」
 外観の割に広い内部の中央に、こたつがあった。これにはさすがの巡も驚く。
「おお、さすが神凪ちゃん。一見ただのテーブルなのに、こたつだとすぐさま見抜くとは……やるな」
「桐夏が全部用意したの……?」
「もちろんだ。大変な重労働だった」
 その時の苦労を思い返しているのか、桐夏の眉間に皺が刻まれる。「とはいえ」かと思えば不意に表情を明るくさせ、
「――というわけで、これがかまくら『改』たる所以だ。さあ、冷えた体を温めるとい」
 その言葉に背中を押されるようにしてこたつに近づき、座ろうとすると、またあることに気付いた。
「掘りごたつ……!」
「はーはーはーはーはー! これも苦労した! よかった神凪ちゃんが反応してくれて!」
「桐夏、すごい……」
「これも大変な重労、いやなんでもないやめよう。今は神凪ちゃんとのお喋りタイムだ。そのことが重要だ。真剣十代ダベリ場ってやつ?」
「ふうん……」
 よくわからなかったが、とりあえず頷いておく。
 しかし一概にだべる、と言っても何を話せばいいのだろう。
 話題を探していると、
「楽しい?」
 端的に聞かれた。
「今日のこと……?」
「そう。なんだかファッションビルで会った時よりテンションが高いからな、雪が好きなのかと思って」
「雪……好き。ワクワクする」
「そうかそうか。どんなことをしたんだ?」
「あのね――」
 という、他愛のない話を繰り返していると、「めぐ、ここにいたん?」と声がした。メイだった。布留部の姿もある。
「やあやあお二人さん。どうぞ、定員オーバーはいたしません」
 桐夏は茶化しながら二人のことを招き入れ、こたつに座らせた。ちょうど全員でこたつを囲むことになる。
 なんだかこういうのもいいなあ、と思いながら、巡は目を細めて三人の会話に耳を傾けた――。


 宴も酣という頃になって、それにしても、と桐夏は思う。
(神凪ちゃんのはしゃぎっぷりがすごかったな……)
 まるでキャラ崩壊である。クソ作品の一例で例えると、さながら中盤あたりでクールキャラがネタキャラになるくらいの変化っぷりだ。さすがの桐夏も驚いた。失礼だと思い、表には出さなかったが。
 しかし、これはいい変化だと思った。以前巡に聞いたところによると、彼女の歳は14歳だという。その年頃の子供にしては達観というか諦観というか、どこか暗さを孕んだ瞳をしていたので、今日のように年相応にはしゃいでいた姿を見て、安心した。
 前に会った時から巡のことが気になっていたので、こんな一面を見ることができてよかった、と思う。かまくら『改』に費やした労力も報われるというものだ。
「神凪ちゃん」
「ん……?」
「これからも遠慮せず色々と楽しめよ」
「…………」
「クソマイスターの先輩として、できる限り協力はするから」
「……、……ありがと」
 しばしの沈黙の後、囁くように言葉が落ちた。
 その声には、嬉しさと、反面悲しさも含まれていて、やはり桐夏は彼女のことを気にしてしまうのだった――。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<あとがきマスターコメント>

お世話になっております、灰島です。
今回も素敵なアクションをありがとうございました!
リアルタイムではだいぶ暖かくなってきてしまい季節感が行方不明ですが、
のんびりとお楽しみいただけましたら幸いです。
それではまた機会があれば、よろしくお願いいたします。

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<定員> 10人
<参加締め切り> 2月19日23時
<アクション締め切り> 2月23日23時
<リアクション公開予定日> 3月5日
<リアクション公開日> 3月3日

<参加者>
刀神 大和
アヅキ・バル
ミーティア・アルビレオ
リンヴォイ・レンフィールド
織主桐夏
公 玲蘭
源ハジメ
ホーリー・ホワイト
ヴォルク
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  1. 2018/03/03(土) 04:14:00|
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