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【レアシナリオ】陰陽師のお買い物【戦闘なし】

陰陽師のお買い物


マスター:灰島懐音




 
 神凪(かんなぎ)家の一階、南に面するベランダで、月読 布留部(つくよみ ふるべ)は煙草を燻(くゆ)らせていた。
「……まっず」
 賞味期限が随分と切れた煙草は、彼が故郷で吸っていたものよりも味が劣っており、吸わないほうがマシなのではないかと思わせるほどである。
「ま、新しく作るやつがいねえんだからしょうがねえか」
 ひとりごちてまた煙を吸うと、独特の臭みと苦味が広がった。あーまずい。何度目かもわからない言葉を繰り返しながら、禁煙するか、とも考える。何しろ、煙草を吸うにも一苦労なのだ。というのも、家の中にヤニ臭さをつけるのは悪いし、何より子供たちの前で煙草を吸うなど彼の思考下においては言語道断ともいえる。それゆえ、外は厳寒(げんかん)にも関わらず、わざわざこうして寒さに体を震わせながら煙草を吸っているのだ。
 布留部はチラ、と二階に目をやった。そこには、神凪 巡(かんなぎ めぐる)と柚本 メイ(ゆずもと めい)がいるはずだ。何をしているのか、最初こそ覗いてみたこともあったが、特になんてこともない、読書をしたり昼寝をしたりしているだけなので、何か特別な理由があるのだろうと察して以来、放っておいている。
(俺が立ち入っていい部分じゃねえよなー、あれは)
 そんなことを考えていた時、巡とメイがベランダの戸を開けて声を掛けてきた。
「ねーねー月ちゃん、そんな恰好で寒くない?」
「さみぃ。気づいてくれてありがとよ」
「コートとか……」
「あんの?」
「ここ首都県だからねー。ビルとか多いじゃん? ショッピングビルとかもあるわけよ」
「イチマルハチとかか」
「何それ。まあさー、とにかく大人の服とか着る人が少ないから結構放置されてんだよねー。ほらここ、今、金の概念ないじゃん」
「ああ……」
 売る人間がみんな死んだ。
 買う人間は少ししか金銭を持っていない。
 物資だけが、ある。
 このままでは、死ぬ。
 ――という状況の中で金銭の概念は消え失せた。
 街にあるものはみんなの共有財産だと、今はそういうことになっている。
 それでトラブルが起こらないわけもないが、それは一旦置いておいて。
「そこに行けば……服が手に入る……んじゃないかな……」
「そうかそうかありがとう、でもできるならもっと早く言ってほしかったな? 俺がここに来てから何日経ってんだ?」
「十日くらい……」
「風邪引くわ」
「引いてない……」
「比喩だ」
「だいじょーぶだいじょーぶ、風邪引いても俺が免疫力上げる魔法使って治してあげるから」
「そういう問題でもねえ」
 次々と移り変わる会話に頭痛を感じ始めた布留部は、無理やり最初の話に戻すことにした。
「で、それどこ?」
「ん……案内する」
「おう、頼むわ」
 ――しかし、布留部はこの時、想像もしていなかった。
 そこに同目的だったり別目的だったりする召喚者が何人も居て、ひと波乱起こす未来を――


――――――――――――――――――――――――――――――――

<マスターコメント>

■ご挨拶
初めましての方は初めまして、そうでない方はお久しぶりです、灰島懐音です。
第二回ガイドはこのような感じで、布留部と愉快な仲間たちによるお買い物と相成りました。
誰にでも遠慮なく絡んでください。
絡む例としては、この服似合うよ! と着せ替えコーデをしたり、偶然だなーと出会いを喜んでみたり、ガイド無視して自分の買い物を楽しんだりなどなど。
みなさまのお好きなようにどうぞ。

■NPCについて
布留部……カットソー一枚じゃ寒い。服を買いに行く。あと動きやすい靴が欲しい(26.5cm)。それからまじない用の紙や墨を手に入れるために文房具コーナーへ行く。
メイ……布留部に何が似合うか見立てる。スタイルいいし細マッチョだしなんでも似合うじゃんずるい! と途中から目的変更、羨望に変わります。面倒くさいです。
巡……旅先案内人。ショッピングビルに着いたら二人と一緒に見て回るも、譲と買い物に来た時のことを思い出してちょっぴりセンチメンタリィ。表には出さないけど口数が減ってます。

それでは、みなさまのご参加をお待ちしております。
――――――――――――――――――――――――――――――――

<リアクション>

「お買い物って称したけどさあ、月ちゃんお金持ってんの」
「素寒貧(すかんぴん)。家帰って荷物全部置いたところだったから現地の金さえ持ってない」
「それじゃお買い物じゃなくて物盗りじゃん」
「……それは避けたい」
「仕方あるめえ、僕が一肌脱いでやろうじゃんか。建て替えてやんよ、お代は体で払ってくれ」
「はいはい、貸し一つな」
 柚本 メイ(ゆずもと・めい)とそんなやり取りを繰り広げつつ、ショッピングビルにやってきた月読 布留部(つくよみ・ふるべ)が驚いたのは、偶然、見知った顔――リンヴォイ・レンフィールドの姿を見つけたからだった。


「よお。買い物か?」
 不意に声を掛けられて、リンヴォイは驚いたように顔をパッと上げた。そして、そこにいたのが顔見知りの布留部であったことに安堵し、柔らかな笑みをもってして、「はい」と答える。
 よく見れば、彼はお悩み相談の時にも連れていた小柄な少女――というより、幼女に近い――と、痩身の少年を連れて、この場所に立っていた。仲がいいんだろうなあ、となんとなく雰囲気で悟り、二人に向けて、微笑みかける。
 少年の方は口を開けてニッと笑い返してきたが、少女の方はどこかソワソワとした様子で、リンヴォイの挨拶にも半(なか)ば上の空といった返答で終わった。
「布留部さんもお買い物ですか?」
 話を元に戻してみると、布留部は震える体を抱き締めるように――そりゃ無理もない、カッターシャツ一枚にスキニーパンツという、軽装も軽装な出で立ちなのだから――して、「まあな」と答える。
「いかんせん服がなくてよ……風邪引く寸前なんだわ。今朝方からクシャミ出るし」
 と言っている間にもクシュン、と控えめなクシャミが出た。
「ねーリンくん、月ちゃんのクシャミって可愛いと思わない?」
「うるせえ、黙れ」
 すかさず言ってくるメイに、さらに間を置かず布留部が睨みつける。その一連の流れを和(なご)やかに思いながら、リンヴォイは言葉を紡いだ。
「はは。そうだね、見た目が顰(しか)め面で怒ってそうに見えるから、ギャップ……っていうのかな、そういうのがあるのかもしれないね」
 だよねー! と妙にテンション高く同意するメイに、リンヴォイは、明るい子供だな、という印象を抱く。
「そういえば三人はお悩み相談の時にも一緒にいたけど、どういう関係?」
「ああ、それは――」
 かいつまんで聞いたところ、布留部もメイも、この小柄な少女――神凪 巡(かんなぎ・めぐる)の家に居候になっているらしかった。そのため、三人で動くことが多いらしい。ショッピングビルを移動中する最中(さなか)に話を聞いていたが、どうやら家事の多くは一人暮らし経験の長い布留部が務めることになっているようだ。
「なかなか……理不尽ですね」
「充分立派に理不尽だよな」
 こめかみに手を当て、はぁー、と息を吐きながら、布留部から、
「で、リンの目的は?」
 と問われたので、リンヴォイはハッとする。
「そうでした、みなさんにお会いできた偶然を喜んでいる場合じゃなかったですね! すみません、こんな茫漠(ぼうばく)とした時間を過ごさせてしまって……!」
「いや、いいよ。目的如何(いかん)じゃこの先一緒するだろうし、茫漠と決めつけンにはまだ早いぜ。とりあえずさ、リンがどこに行くのか教えてくんね?」
「そうですね、僕は……――」
 チラリ、と視線を落としたのは騎士服だった。
 鎖帷子(くさりかたびら)を纏(まと)い、その上からプレートアーマーを羽織り、これだけでどうだ、はい、不審者。そうなる。リンヴォイが元いた国ではこれが当然の出で立ちだったが、三人の微妙な沈黙が全てを物語っていた。
「……というわけで、服を選びに来たんです。そもそもの着替えも心もとなくてね。三人が服を買いに行くつもりなら、ぜひ僕も同行させてください」
「俺いいよー。リンちゃんも月ちゃんと同じ細マッチョでスタイルいいからさー、すげえコーデのし甲斐があるんだよね! 一方俺は……」
「やめろその負のループはここに辿り着くまでに何回もやっただろうが。細身にしか着こなしができない服もあるんだから気にすんな。
 ……で、巡は?」
「この人からは悪い感じ、しない……だから、平気。一緒に、行こう?」
 儚げに微笑まれた笑みは、まるであえかに咲く花のようで、すぐにでも手折れてしまいそうだ。
 守りたい。
 という気持ちが、一瞬浮かんだ、
 あまりに一瞬だったので、何を、どうなのか、はわからなかったが、
 フイ、とメイの方に視線を逸らした巡は、もうこちらに背姿しか向けておらず、彼女がどんな顔をしているのか、何を思っているのか、一向に不明のままだった――。


 さて、いざやってきたのは男性服ショッピング売り場である。
「わぁ、服だぁ……!」
「やべえ、マジ感動してる俺……」
 大人二人が地面に膝をついて狂喜している。それは滑稽で、どこか宗教じみていた。
「めぐは見なくていいのよ」
「うん」
 まあ、それほどまでに事態は切羽詰まっていたのだ。
 聞いてみると、布留部はメイの父親が着ていた服のサイズを少し直せば着ることができたため、一応、清潔な下着やアンダーウェアとシャツ姿で過ごせてはいたらしい。しかしもちろん本業は被服師などではない。限界はあった。そのためこの喜び様なのだということは、安易に想像がつく。
「見たことのない形状の服がたくさんありますね……」
「気になったらあそこのボックス入りな。試着できるから」
「おお、そうなのですね。便利……――あっ」
「あ?」
 不意にリンヴォイが手に取った一枚が、彼の中で革命を起こした。
「これなんて……布留部さんに似合うのではないでしょうか?」
「ブフッ」
 すると、口元を抑えて、吹かれた。
 そんなに変なものを選んだだろうか。リンヴォイは選んだシャツをまじまじと眺める。それは、スタッズや十字架、蜘蛛の巣といった装飾が施された――つまり、日本風にいえばゴシックパンクな――シャツだった。
「……なぜこれを選んだのか、理由くらいは聞いてやる」
「他意はないです。なんというか……雰囲気があるというか。強そうで、他を寄せ付けない感じがしたので……。もともとの雰囲気にもマッチしていて、似合うんじゃないかな、と。
 ねえ、メイさん、巡さん、そう思わないかい?」
 自信に満ちた笑顔に、メイはこれまたいい笑顔でサムズアップした。
「リンちゃんのセンス抜群! 月ちゃんそれ着るべきだよ」
「お前楽しんでんだろ。あとでお仕置きな?」
「……巡さん?」
 そこでリンヴォイは、巡の口数が減っていたことに気付いた。彼女の方を見ると、床に座ってぼうっと三人のやり取りを見ている。
 彼女は、声を駆けられた今、ハッと気付いたように視線を上げた。目線が随分上にあったので、しゃがんでやる。すると、ちょうどよく視線が絡み合った。
「なに……?」
「巡さんに、僕の服を選んで貰いたいなって思って」
「……別に……いいよ。どんなのが好きなの……?」
 ゆっくりと床から立ち上がり、巡はリンヴォイの好みを確認してきた。リンヴォイは「そうだなあ……」と悩み、ある一枚のシャツを手に取った。
「これなんていいと思うんだよね!」
 それは、『毎日が日曜日』と書かれているシャツである。リンヴォイは自信に満ち溢れた表情で、巡の感想を待つ。
「ええと……」
 これを『良い!』というセンスに、巡はついていけないでいた。言葉に詰まっているうちに、リンヴォイはさらに別のところからジーンズを持ってきて、
「大変だ! この下衣、破れてますよ! 不良品でしょうか!?」
「う、あ、えと……ちがうの、そういう、加工。ダメージジーンズって言って……ええと、あ、そうだ。さっき、リンが布留部に勧めたような服。ああいうのによく似合う」
「おお! ならばこれは巡り合うにして巡り合った一枚のパンツ! 購入です、購入決定ですよ!」
 テンション高く、布留部にあてがった服――布留部は嫌だいらねえと拒絶していたが――やらダメージジーンズやら、自身の動きやすい服などを調達すると、お代替わりにと手作りのクッキーを置いていった。
「これで等価交換になったかな? なってるといいんだけど……」
 さすがに、大人の男二人――それも、どちらもかなりガタイがいい――服を調達したとあらば、それ相応の対価は必要だろう。今はこれしか用意できませんが、と深々と会釈しながら、手を合わせ祈りのポーズで瞼(まぶた)を閉じる。と、ややして、
「前も思ったけどよ」
 不意に布留部が声を掛けてきた。
「はい?」
「お悩み相談の時もクッキー焼いて来てたろ。趣味?」
「ああ! お菓子作りは趣味ですよ。甘いお菓子が大好きなんです。今度何か焼いてきましょうか?」
「等価交換でもねえ、せしめるような真似はできねえって」
「布留部さんは真面目ですね。では、何かしらお礼ができる時に、機会をとっておきます」
 そんな他愛のない会話が続いた時、フッ、とリンヴォイが目を細めた。
「どうかしたか」
「ん……ふふ、楽しいな、と思いまして。
 僕はこれまで着飾るといったことに縁がなかったので……」
「騎士ってきらびやかなイメージがあるけどな」
「それはごく一部ですよ。王の式典に参加する近衛兵のみが着ることができる。僕はそれに憧れていた。その装いは勇ましく豪奢で……素敵で」
 けれど、その憧れが、絶たれてしまった。
 漫月に来てから、どれだけ悔やんだろう。誰に怒りをぶつけただろう。どうして、自分が? そんな答えは、永遠に出ることがないことを知っておきながらも、問わずにはいられなかった。
 ただ――ただ、この国にも、綺麗なものはあるのだ。
「ここにある服はそれらとは異なるけれど、華やかで好ましい。眩しいくらいだ」
 するとリンヴォイはスイ、と視線を右に向ける。そこには、靴を置いてあるコーナーがあった。
「布留部さん! 靴を調達しましょう! 履きやすくて頑丈なものを探していたんです!」
「ああ、そういえば俺も探してたな。どんなんがいいかねえ……」
「これです! どうでしょう!」
 布留部の発言をすべて聞く前に、リンヴォイは感嘆符とともに一足の靴を示してみせた。それは、重さ数キロの安全靴だ。騎士様にはなんてことのない重さだろうが、鍛えているとはいえ、あくまで一般人の布留部が履いて歩くには敏捷性に欠けると見える。
「もうちょっと軽いのねえの?」
「ありますが……敵の攻撃を受けるには心許ないですよ?」
「俺にはそれくらいでいいよ、当たらなければどうということもねえし」
「そういう見方がありましたか! なるほどなー。
 じゃあ僕はこちらの安全靴? でしたっけ。を買いますので。布留部さんはそちらですかね」
「ああ……お、ジャストフィット。いいな、センスも悪くねえ。服の時はどうしたもんかと思ったが」
「服? 何か変でしたか?」
「……うん、いや、何も変じゃねえよ。大丈夫だ」
「そうですか、ならよかった!
 そうだ、僕、一つ悩みがありまして……」
「なんだなんだ出張お悩み相談所か」
「僕、向こうの世界にいた頃には毎日日記をしたためていたんです。
 日課だったそれがなくなってしまうのが、ちょっと悲しくて」
「なんだ。そんなの文具用品店に行きゃいいよ。えーと……フロアマップを見るに、7階だな。ノート、鉛筆、消しゴムさえあればなんとかなっから。もし足りなくなったらまた相談にでも来いよ」
「ありがとうございます! では、そうしてみますね!」
 ペコリと頭を下げると、リンヴォイは颯爽と目的地である7階へ向かうのだった――。


*...***...*


 この日、偶然にも織主 桐夏(おりしゅ・きりか)もショッピングビルへやって来ていた。というのも、服の調達にしに来たのである。これまではそこらの空き家にあった服を拝借していたが、クソマイスターなる自分にピッタリの服がなかった。
(目安はアレだな、お悩み相談の時に端っこにいた……神凪ちゃんだっけ。あの子が着てたような、全身真っ黒な服だな)
 彼女の恰好は、見事に全身黒尽くめだった。黒ハイネックに黒パーカー、黒ジーンズ。ついでに髪の毛も黒で、もう、どこを取ってもクソだ。これで目の色がオッドアイだったりしたら、文句の付け所のないほどのクソだろう。
 とにかく、あの恰好は素晴らしい。無地なのがナンセンスではあるが、逆に言えば、少し加工するだけで、年頃の男たちのハートキャッチ間違いなしといえる。
 そして同時に、ある思考に思い至った。
 そう、彼女にもクソ因子が備わっているのではないか、と。
 ちなみに、クソ因子とはクソ作品に適合できる人間だけが持っているもので、桐夏のようなクソマイスターになれる可能性を秘めている貴重な逸材だ。なお、この称号を得たとして本人が嬉しく思うかは別とする。
 そして――運良くというべきか、巡にとっては運が悪かったのか、はたまた本人にしかわからないが、二人は邂逅した。
 巡はベンチに座って本を読んでおり、ふと見ればメンズコーナーでメイと布留部がファッションショーを行っている。暇を持て余している彼女のもとへ、桐夏は足取り軽く向かった。
「神凪ちゃん」
 声を掛けてみると、巡はゆっくりと顔を上げた。どこか憂いを帯びた瞳が、桐夏を見て揺らぐ。そりゃそうだ、ほとんど面識のない人間にいきなり名前を呼ばれれば誰だって驚く。
「おりしゅ……きりか?」
 幸いにして、名前は覚えていてくれたようだ。自己紹介の手間が省けて助かる。
「イエス・マイロード。今日は神凪ちゃんに用があってね」
「わたしに……?」
 何? と怪訝(けげん)さ丸出しで首を傾げられた。そりゃそうだ、と二度目の納得。
「服探しを手伝ってほしいんだ」
「……わたしに?」
「そう、神凪ちゃんに」
「桐夏に似合う服を……?」
「見積もって?」
 クリン、と小首を傾げてみせると、巡はしばし逡巡(しゅんじゅん)した後、「いいよ」と呟いた。
「ではまず俺の好みを参考として提示しよう。
 まず欠かせないのはこの黒コート。これがあればだいたいなんとかなる」
「わかる……」
「だろ? 神凪ちゃんならわかってくれると思ったんだ」
「うん……わたしも同じような恰好、好き」
「そうだろうそうだろう。やっぱり神凪ちゃんにはクソ因子が備わっていると見える」
「クソ……?」
「ああ、悪い意味じゃない。口癖みたいなもんだ、気にしないでくれ。
 というわけで、参考第二弾」
 と言ってコートの前面を開けて見せれば、「竿‐SAO‐」と達筆で書かれたTシャツが顔を出した。
「これに負けないクソセンスなシャツとか長袖を選んで貰いたい」
「あの……ええと……わたしの理解の範疇を超える……」
「そこから生まれるクソセンス! 磨かないでどうする!」
「ど、どうすると言われても」
「まあ、クソにこだわらなくてもいい。神凪ちゃんが、個人的にいいなと思う服を選んでくれ。それによってクソ因子の有無を判断するから」
「うーん? ……うーん」
 巡は悩みながらも、メンズコーナーに入っていく。そして、しばらく時間をかけた後、
「こんなの……どう?」
 提示してきたのは、『頭の中に赤ちゃんがいます』という、中々奇抜――というか、頭のイカレた――シャツだった。ベースが白なのが惜しいが、クソ加減では上出来も上出来、天晴(あっぱれ)なクソ加減だ。
「いいねいいね! もっとクソなの持ってきて!」
「えと……これは……?」
 次に巡が持ってきたのは、定番といえば定番、意味のわからない英語が書かれているシャツだった。きっと、翻訳するとクソみたいな日本語に変わるだろう。いい具合のクソさだ。
「あとは……無難に……」
 と言って取り出したのはアロハシャツだった。季節感がないわ、大柄が目立って派手だわ、クソ因子を兼ね揃えている。
「合格!」
「へ……」
「神凪ちゃんにはクソ因子が備わっている」
「桐夏の趣味に合わせただけ……」
「合わせられるセンスがある=クソ因子が備わっている。OK?」
「お、おーけー……?」
 強引にクソマイスター見習いの称号を授けると、桐夏は「さてと」とフロアを見渡す。この階はメンズ服しかないようだし、一つ下の階へ降りるか。
「桐夏……? どこ、行くの?」
「俺の服選びを手伝ってもらってばっかりじゃ不公平だろ。だから俺も神凪ちゃんの服を選ぼう」
「そんな……いいよ、わたし、服に困ってないし」
 遠慮する巡に、桐夏はパチパチと一人拍手をしてみせる。
「というわけで、ここで第一回異世界ファッションショー開幕。はい拍手」
 と言えば、控えめに拍手をしてくるあたり、巡は律儀な女の子だとわかった。まあ、律儀でもなければクソシャツ選びに付き合ってなどくれないか。
「そうと決まれば神凪ちゃんに似合いそうな服を着てもらいます」
「え……確定事項……?」
「うん。悪いがこのイベントはアニメ開始数分以内で主人公がヒロインとひと悶着起こすレベルのイベント強制力が働くから諦めるんだ」
「どういう意味……」
「うーん、この喩えがわからないなら、まだクソマイスター見習いから抜け出せないな」
「いつからそんな称号を……」
「まあ任せておきなさい。最高の服を選んであげるから」
 と言って、レディース――というか、巡の身長を考えればキッズサイズか――コーナーに辿り着いた二人は、テクテク歩いて服屋を探す。
「これなんかどう?」
 適当に目をつけた店で見つけた服を何着か広げて見せると、露骨に嫌な顔をされた。そんな変なチョイスはしていないのに。ただちょっと、美麗な翼とかよくわからんオブジェとか、無駄にオサレなイラストが書かれたパーカーを選んだだけなのだが。
「似合わない……と思う……」
「似合う似合わないじゃない、心の目で見るんだ」
 我ながら何を言っているのかわからない。
「黒がいいな……」
「黒か。じゃあこんなのはどうだ?」
 と選んだのは、ゴシックテイストの、フリルやレースで縁取られた服だった。濃淡を使い分けているが、黒一色である。これなら巡もお気に召すだろう。
「……ん。これなら、いい」
「そうかそうか、じゃあ次行こう」
「まだ見るの?」
「疲れたか?」
「んー……桐夏が楽しそうだから、いいよ」
「……神凪ちゃんは、自分のことは後回しなんだな」
 だからそんなに思い詰めた顔をするのか。
 だからそんなに、一人で抱え込んで悩むのか。
 ただ、しかし、今だけは、笑って欲しい。
 今日会った時から寂しそうだった彼女の表情が、少しでも明るくなればいい。
 多少なりとも気を紛らわせることができたなら重畳(ちょうじょう)だ。
 桐夏は巡の手を引くと、ゆっくりとした足取りで、次の店に向かうのだった――。


*...***...*


 いつの間にか、巡が消えていた。
 メイに尋ねると、「きりちゃんと買い物しに行ったよ」と言っていた。きりちゃん。巡にもメイにも面識があってその名前、織主桐夏だろう。あのクソマイスターは今度は何をやらかしているのか。心配するべきか、ひとりぼっちにしてしまった巡を構ってくれていたことに感謝をするべきか。
 恐らく後者だな、と思っていると、メイが「俺ちゃんめぐ探してくるね」と言って背を向けた。生憎布留部にはまだ欲しいものがあったため、自分の買い物を優先させてもらう。
 メンズコーナーから一旦脱し、フラフラと歩いていると、喫煙所があった。布留部のポケットには封を切った煙草がある。賞味期限切れのまずい煙草だ。これなんとかならねえかな、やっぱ禁煙しかねえかな、別に依存してるわけじゃねえし――と、そこまで考え喫煙所を過ぎたところで、『いい』煙草の香りがした。この世界ではもう嗅ぐことができないと思っていた香りだったため、思わず振り返る。するとそこには、霜北 凪(しもきた・なぎ)が紫煙の香りを纏って立っていた。
「よお、せんせー。こんなところで会うとは奇遇だな」
「そうだな。……ところで煙草か? 鮮度のいい香りがしたけれど」
 正直ちょっぴり、いやかなり羨ましい。
 その思いが伝わったのか、凪は布留部が聞く前に説明してくれた。
「ここに着く前に煙草・喫煙具の専門店を見つけてなあ。手巻き煙草用の缶入りシャグなら大丈夫だろー、といくつかお持ち帰りしてきたってわけよ」
 どっかとその場に座り、凪は『戦利品』を広げてみせる。そこには、巻紙やフィルター、巻き機まであり、凪曰く、「適当に見繕ってきた」とのことだった。
「うわマジか。そうか、専門店に行きゃよかったのか」
「あら何せんせ、そっちの人だったんだ?」
「思わせぶりな言い方はよせ」
「子供たちの前ではそんな素振りは見せてないのに、体は正直だねえ~」
「だから思わせぶりな言い方はよせ」
 一発殴ったろか、と思ったが我慢する。バイオレンスなせんせーもス・テ・キ、と流される未来が簡単に予測できたからである。
「煙草屋どこにあったか教えてくんね?」
「いいよ。このビル出て右手にしばらく進んで、二個目の信号を左に曲がったところ」
「サンキュ、帰りがけ買うわ。……で、お前はなんで指をワキワキさせてるんだ?」
「いやー、せんせーの戦装束を選んであげようと思って?」
「なんだ戦装束って」
「ほら、キッチンは主夫の戦場とゆーじゃない。だからさー、俺様、せんせーの戦装束を見繕ってやりたいんスよ」
「仰々しく構えずエプロンと言え」
「あ、伝わった。さすがせんせー、読解力に長けてらっしゃる」
「そもそもなんで俺が家事担当してんのかバレてるところが怖ぇわ。どこで入手したその情報」
「メイきゅんだっけ? あの茶髪っ子が教えてくれたよ」
「あの野郎……」
 後でシメる、と物騒なことを言う布留部の肩を抱き、凪は半ば強引にキッチン雑貨のエリアに向かう。
 エプロンなぞこの状況下に於いては必要とされていないのか、品揃えは実に豊富にあった。
「おー、キッズサイズもある。これめぐちゃんに合うんじゃね?」
「あいつ包丁も握ったことないような、料理スキル皆無の人間だぞ」
「最近はプラスチックのキッズ用包丁もあるしへーきへーき。おー、メンズのエプロンも揃ってますなー。せんせー、足長いしスタイルいいからソムリエエプロンとか似合いそうじゃん? メイきゅんには個人的にフリフリの可愛いやつを着て欲しい」
「そもそもなんで他二人の分も買う算段になってるんですかね」
「え? みんなでお料理したら楽しそうじゃね? ケチャップでハート書いて、両手でハートマーク作って『おいしくなーれ』っておまじないすればもっといい」
「誰がやるかクソが」
「最終的にははだエプだな」
「誰得だよ」
「俺様得」
「断固拒否するわ」
「んもうせんせー堅いこと言わないで。俺様とせんせーの仲じゃないの」
「まだ出会って二回目だよお前の距離感に俺はついていけねえよ」
 と言いつつバッチリツッコミを入れてくれる辺りついていけてるじゃないか、と凪は思う。
 閑話休題。
 凪はズラリとエプロンを並べ、腰に手を当て満足気に頷いた。
「候補は出揃ったな」
「候補の中にフリッフリのクッソ可愛いやつが紛れ込んでるんですがそれは」
「ここで『目星ロールッ!』発動!」
「なんだそりゃ……そろそろツッコミ疲れてきたぞ、おい……」
「んー? あてもなくテキトーに使うんだよ。技名唱えて指先伸ばしてポーズ決めたりしてな。まあ大抵は外すんだけど」
「外すのかよ」
「というわけで、『目星ロールッ!』」
 高らかに技名を宣言し、凪は勢いよく回る。
 回った結果――。
 スガラガッシャーン、と派手な音を立てて転倒した。
「……しまった、いつもより多く回りすぎてしまった」
「アホか……」
「まあほら言ったろ、大抵は外すって。というわけでせんせー、好きなのを選んでくれ。何、お代はいい。俺様が建て替えておく。お代は体で払ってもらおう」
「なあそれ今日二度目なんだよ聞くの。なんでお前らいちいち俺の体を求めるの」
「細けえこたぁいいんだよ。……さて、俺様は服探しに行くかな。大きな服売り場に行かないとないからなあ」
「あー、凪はそうだな。明らかに3Lサイズだ」
「普通の店にはなかなかなくてね。せんせーはふつーの服のLサイズが収まりそーだから、その辺楽でいいよなあ……」
「たまに胸元パツンパツンでLL着るけどな」
「胸元パツパツ? エロすぎだな……」
「お前の頭の中どうなってんだ? あ?」
 これ以上からかうと陀羅尼(だらに)で煩悩を消滅させられてしまうかもしれない。
 それは俺様のアイデンティティの崩壊だ、とばかりに凪は両手を挙げて降伏宣言をし、大きな服売り場へと向かうのだった――。


*...***...*


 地図は、公 玲蘭のいた国とは違う言語だったため、読み解くのに苦労した。とはいえ、漢字が使われていたため、ある程度のことは把握できたし、そのおかげで目的地へとたどり着けたのだが。
 玲蘭がこの世界に来てすぐに行ったことは、着替えの調達だった。特に下着だ。コンビニやスーパー、ファッションビルなどをはしごし、かき集めた数着――他の人も必要とすると思い、持ち帰る枚数は最小限に留めておいた――を洗濯して着まわしていた。
 が、問題は普段着である。下着を調達した際コートも拝借していたが、いかんせん寒さが身にしみるのと、衛生面の問題がある。チャイナドレスは見た目にも麗しくオシャレであるが、今の季節に着るには寒い。炎の魔術を調整することでなんとかできるといえど、それは魔力の無駄遣いだ。単に服を着ればいいだけならば、それが最もいいに決まっている。
 まず、一番広くスペースが取られている、レディースファッションのコーナーへ向かった。すると、気配を感じて立ち止まる。思わず剣の柄に手をかけて振り返ると、そこには見知った顔があった。
「…………」
 何も言わない――言えない、のだろうか――で佇む少女は、お悩み相談の時布留部の傍にいた少女だ。確か、巡、と言ったはずだ。こんなところに一人で? と思った時、「めぐ~」と緊張感のない声が聞こえた。痩身の、茶髪の少年だった。彼も、お悩み相談の時傍にいた。名前は確か、メイ。
「あ、れいちゃんだ~」
 ハロー、と気さくに挨拶してくるので、毒気が抜けた。剣に伸ばしていた手を離し、辺りを見渡す。
「こんにちは。今日は、お二人で?」
「いんや、月ちゃんのお買い物のお付き合い」
 とメイが答えたところで「見つけた」という声がした。声の方を見ると、布留部がいる。
「ごきげんよう、布留部さん」
「ああ。偶然だな、こんなところで」
「そうですね。みなさんは、お買い物で?」
「まあ、そんなとこ。つっても、俺の服目当てだけど」
 この季節にカットソー一枚とか凍死するかと思った、と体を震わせる素振りを見せる布留部に、玲蘭はクスッと笑った。
「今は大丈夫そうですね」
「コートやジャケットって偉大だよな」
「それはよくわかります」
 玲蘭も、チャイナドレス姿で放り出されたため、コートがなければとっくに風邪を引いていただろう。防寒は大事だ。
「玲蘭も買い物?」
「はい。日常品を買いに来たのですよ。ほら、ブラウスとかスカートとか……」
 と言って、購入した服を見せようとした時、紙袋が倒れた。
「あ、れいちゃん、倒れたよ」
 こぼれた中身を拾おうとするメイに、玲蘭は慌てて「メイさんっ」と声をかける。
「そっちは見ないで……」
 ササッ、とかき集めたのは、下着の類だ。色気を感じる、白レースの下着の上下。バッチリ見てしまったのか、メイの頬がうっすら赤くなっている。その反応がまた恥ずかしくて、玲蘭の顔にも熱が集まるのを感じた。
「ええと、その……なんか、すみません……」
「いや、俺こそ余計なお節介を……」
 ペコペコ謝り合いながら、ふと、まだ用件が残っていることを思い出す。
「そうだ。砥石とか、石鹸とか、衣類用洗剤とか……そういうものを必要としているんですけど」
 ショッピングビルは広い。どこを探せば何があるのか、一度来ただけの玲蘭にわかるはずもなかった。
 となれば、勝手知ったる原住民に聞くのが早い。玲蘭は、巡の方を向くと、目を合わせて微笑みかけた。
「快適な生活のために、確保しておきたいのですが……巡さん、場所、教えていただけませんか?」
「ん……いいよ。案内する」
「よかった。もしかしたら、砥石なんかはないと思ってたんです」
「この世界には、バケモノが出るから……みんな、退治するために、武器を使うの。だから、砥石もあるの」
 なるほど、確かにモンスターの類が出るなら武器は必要不可欠だろう。そのために砥石がある。至って当然のことだった。
 やはり大型ショッピングビルに来てよかったと思いながら、玲蘭は、「こっち……」と案内を務める巡の小さな背中を追った――。


*...***...*


 まずは生活用品。
 次にこの世界の知識。
 これから生きていくために必須といえるものを、刀神 大和(とうがみ・やまと)は探していた。
 生活用品自体は、適当なファッションセンターでも手に入れることができたが、この世界のことを知るとなると話は別だ。本屋や図書館を探そうとも考えたが、その前にもう少し服を揃えておきたいと思い、ファッションビルがあるということを知ってやって来た。大和を召喚した者によると、なかなか大きな建物らしく、生活用品から武器の類まで網羅しているらしい。
 鍛冶のことについて調べるにも最適だと思い、ビルにやってくると――。
「あれ?」
「大和?」
 偶然通りがかった喫煙スペースに、布留部がいた。巻煙草を燻(くゆ)らせており、それが妙に様(さま)になっている。布留部は大和を見るや、充分に残っている煙草を灰皿に突っ込んだ。恐らく、未成年者の前で煙草は吸わない主義なのだろう。真面目そうな人柄であることは、最初に会った時から感じていた。
「奇遇だな」
 と言って笑いかけると、布留部も、フッと片側の口角だけ上げる特徴的な笑みを浮かべてみせた。
「大和も服の調達か?」
「ああ。それから、本屋に用があってね。大和も、ってことは布留部も服の調達に?」
「カットソー一枚じゃ寒いんだよ」
「確かに、お悩み相談の時はなんの苦行だろうと思ったよ」
「風邪引かなかったことが奇跡的に思えるわ」
 軽口を飛ばしながら次の目的地について聞くと、どうやら布留部は文具コーナーへ行くらしい。
「文具か。俺も、色々と書き留めておくノートとペンが欲しかったんだよな」
「んじゃさっくり行くか。文具コーナーは7階だってよ」
 連れ立ってエスカレーター――電力が供給されていないのか動いていないため、ただの階段と化していたが――を昇り、文具コーナーへ向かう。思いの外品揃えがよく、ノートとペン以上にこれがあったら便利かも、と思わせられるようなものもあった。荷物になるので買わなかったが。
「布留部は――書き初めでもしそうなラインナップだな」
 ふと見た彼の荷物は、毛筆と硯(すずり)、墨、半紙、といったもので、用途不明だった。布留部は当然のように、「これにまじないをかけるんだよ」と言う。
「まじない」
「そ。御札作んの」
「手作りなんだな」
「その方が効果が高ぇんだよ。面倒だけどな」
「はは、確かに」
 想像でしかないが、相応の集中力と時間を必要とするだろう。彼は、そうまでして、この世界に立ち向かおうとしている。負けてられないな、と思った大和は、さっそく次の目的地へ向かうことにした。
「本屋だっけ?」
「ああ。フロアマップを見たら、8階だった」
「すぐ上じゃねえか。俺も行こうかな、この世界のことほとんど知らねえし」
「知識は武器だからな。持っておいて損はない」
「問題は読めるかどうかだけど」
「共通言語がいまいちわからないからな、漫月……」
 だべりながら到着した本屋は、ファッションビルの大きさに比例した大型書店だった。専門的なものまでは扱っていないかもしれないが、ある程度の知識は満たせると踏む。
 まず、大和は鍛冶についての本を読んだ。刀を打つための材料から、道具と設備、これらがどうにかなるかを調べなければならない。
 そもそも材料や鍛冶場はあるのか?
 その疑問は、全て一冊の本で片付いた。
 まず、鍛冶場。
 これは、当然のようにあるらしい。というのも、漫月ではモンスターが跋扈(ばっこ)しているため、それに対抗するための武器が作られていたのだ。材料も同じくで、余り程度しかないかもしれないが、まったくないというわけではなさそうだ。
「俺の方は特になかったわ」
 と布留部がやって来たのは、三十分ほど経った頃だったか。その時大和は本に熱中していたので、隣に黙って立たれるまで気付かなかった。
「うわ、ビックリした」
「声はかけたぞ」
「もっと積極的に存在アピールしてもいいのに」
「いや、お前があんまりにも集中してたから。なんか焦ってんの?」
 焦る、と聞かれ、いやそれは違う、とすぐに心中で首を振る。
「興奮してるんだよ」
「ほお?」
「布留部から……加持、だっけ? をもらえて武器が強くなるなら、どんな風になるのかなって……早く試したいんだ。こういうことが今後増えていくなら、この状況も悪くない、と思える」
「ハハ。俺責任重大」
「重大だよ。鍛冶師のモチベーションに関わってくるからな」
 トン、と胸元を叩くと、もう一度布留部が笑った。
「しかし、ここの文明具合を考えると厳しいと思ってたけど……案外刀剣類も発達してるんだな~」
「まあ、銃火器じゃリロードに時間もかかるし、最悪鈍器にもなる刀剣類の方が発達してると見てもおかしかねえわな」
「あーそういう見方もあるか。うーんでも問題は材料だよなあ。どんくらい作れんのかな。最悪材料の調達からか? やるけど」
 と言いながら、大和は読んでいた本を手持ちのカバンに詰め、別の本を手に取る。
「ここはこういうのが流行っていたのか。へえ、こんな遊びとかあるんだな」
「俺たちが暮らしていた文明に近いな」
「ああ。……いやーしかし本屋だけじゃ無理があるな。情報収集するなら図書館とかそっちを探した方が良さそうだ。今度場所を聞いて行ってみよう」
「そうだな。俺も、この国でちゃんと戦えるかわかんねえし、その時は同行させてくれよ」
「ああ、もちろん」
 と言って、大和は布留部の手の甲に己の手の甲をコツンと合わせる。そしてふと、布留部が言った。
「そういやここの本……ってか文明? 言語から何から日本語だよな、なんで?」
「ニホンゴ?」
「じゃなくても伝わるのか。なんだここどうなってんだ」
「さあ? 俺は翻訳機渡されたからわかるけど……」
「そんな便利なもんあんのかよ教えろよあいつら……」
 あいつら、とは巡やメイのことだろう。大和は召喚された際翻訳機を渡されたので苦労はしなかったが、どうやら正規手続きを踏まなかったらしい布留部はそれを所持していないらしい。
 だが、
「布留部は柚本がいたから大丈夫だろ」
「え? なんで?」
「あいつ魔法使いだって前に言ってたぞ。布留部の言語は全部翻訳してるって」
「……あいつもしかしてすげえ?」
「うーん、翻訳機渡したほうが早いと思うって伝えたらマジで!? とか言ってたから、すごいかどうかは微妙……」
「アホだな、アホなんだ……」
 布留部が呆れたようにため息をつき、不意に、「あーそういやあいつら放りっぱなしだ。そろそろ戻らねえと」と言った。
「んじゃ、また今度な」
「ああ、また今度。早く鍛冶の準備を整えるよ」
「おう、任せた」
 それじゃあな、と軽く手を振り、二人はそれぞれの道を歩み始めた――。


*...***...*


 招かれたこの世界に馴染むには、まず何より、ここに生きる子供たちと対話をしてみることが最善だと、ネルネ・ルネールネは考える。
 考えたものの、この様相――全長255cm、体重420kgの巨大スライムだ――では殆どの子供たちは「モンスターだ!」と言って逃げてしまった。まあ、そうでしょうな、と達観した考えで、いつか話を聞いてくれる子供に出会えるよう、今日もネルネは探索を続ける。
 そして、行き着いたのはショッピングビルだった。かなり大きなビルで、とどのつまり、扉も大きい。少々窮屈ではあったが、体をよじって入ることは不可能ではなかった。
 そして、そこで、小柄な少女と出会った。
 少女はネルネの姿を見ても逃げたり喚いたりせず、ただ静かに、彼のことを見ている。
 話が通じるのではないか? そう感じたネルネは、声を駆けてみることにした。
「これはこれは。奇遇でございますね。ご機嫌いかがですかな、レディ?」
 普段通り紳士的に声をかけると、少女は少し躊躇った後、「少し……感傷的」と告げた。心のうちを素直に明かすあたり、可愛がられて育ってきたのだということが見て取れる。
「そうですか。それはさぞお辛いでしょう」
 それ以上は、何も言わない。話を聞く、とも、過剰な同情も、一切しない。詮索など無粋な者がすることだ。ネルネはあくまで、紳士として生きたい。
「申し遅れました。私の名前はネルネ・ルネールネ。お気軽に、ネルネ、とお呼びください」
「ネルネ……可愛いね」
「いやはや。300年余生きてきて可愛いと言われたのは、いつぶりでしょうな」
「響きがね……お菓子みたい」
「ははは。これほど大きなお菓子であれば、一生をかけて食べねばなりませんな」
 ユーモラスに返してみせると、少女がクスッと笑った。笑うと、顰(しか)め面のせいでできていた眉間の皺がなくなって、代わりにえくぼができ、とても可愛らしい印象を与える。
「差し支えなければ、レディ、貴女のお名前を伺っても?」
「ん……巡。神凪、巡」
「巡様、ですね。どうぞよしなに」
 ウネウネと動きながら握手とばかりに触手を伸ばすと、巡は躊躇うことなくその手(?)を掴んだ。ほう、と感嘆する。ネルネの姿に驚くことなく、触れることも厭(いと)わない。小さくて細くて壊れてしまいそうな見た目に反して、なかなかに肝が座った娘のようだ。
「ネルネは……何か買い物に来たの……?」
「そうですねえ。いくらショッピングビルとはいえ、さすがに私に合う服は置いておりませんでしょうね」
 繰り返すが、ネルネは255cm、420kgの巨体である。これに見合う服があるのなら、むしろお目にかかりたい。
「まぁ、幸い私、服に通す腕も足も持ち合わせていないのですけれども」
 ウゾウゾと動いてみせると、再び巡が笑った。
「ネルネ、面白いね……」
「お褒めに預かり光栄です、レディ」
 大きな体で会釈しようとすると、そこらの柱にぶつかった。ズウン、と地響きのような音がする。ネルネは口元――のような場所――に触手をあて、しーっ、というジェスチャーをしてみせた。さながらホームビデオのワンシーンのようだ。観覧者がいたらドッと笑いが起こっているだろう。
 巡も例に漏れず、少し口角を上げて微笑んでみせると、「レディって、くすぐったいね」と言った。
「では、巡様」
「様づけも……違和感」
「とはいえ、紳士的に生きるのが私のモットーでございまして。しかし呼ばれる側の意見を無碍(むげ)にもできませんね。はてさて、いかがしたものでしょうか」
「じゃあ……ネルネの信条を優先する」
「おや。よいのですか?」
「信条は曲げちゃいけないの、知ってるから」
 こんな言葉が出てくるあたり、巡という少女は見た目に反して精神年齢が高いようだ。「では、お言葉に甘えて、巡様」と改めて挨拶すると、やはり彼女はくすぐったそうに身を捩らせた。
 そこで、巡の持つ雰囲気が和らいだことに気付いたネルネは、そろそろ会話を切り上げることにした。あまり長く、グダグダ喋るのもよくない。言いたいことは簡潔に。相手の時間を大切に。これもネルネのモットーである。
「では、私はこれで。
 巡様、今日という日を、どうぞ健やかにお過ごしくださいませね」
 この世界の住民である巡と交流を持てたこと、および、彼女の憂いを通してこの世界の酷薄さを知れたことに感謝を覚えつつ、ネルネはその場を後にするのだった――。


*...***...*


 特にやることもない日に何をするか、と言われれば、ミーティア・アルビレオは高確率で『寝る』を選ぶだろう。
 今日そうしなかった理由は、特にない。なんとなく、天気が良くて、なんとなく、気分が良くて、なんとなく、出かけようかな、と思った次第である。
 そして訪れたショッピングビルにて、ふとした疑問を抱く。
(あれ? でも漫月だとお金はないんだったっけぇ)
 だったらお買い物ではなく物拾いになるのかなぁ、と漠然と考える。その考えも、すぐさまどっちでもいっかぁ、という結論に至り、深く考えることはなかった。ただただ、クッションや、ぬいぐるみや、抱きまくらなど、寝心地の良いアイテムが欲しい、と思うばかりだ。
 訪れたビルの7階には、雑貨屋が入っていた。他にも文房具店などがあるが、そちらには目もくれず、フラフラ~と雑貨屋へ足を伸ばす。
「おぉ~」
 と、思わず歓声を上げるほど、品揃えが良い。形状も、可愛らしい動物を模していて、どの子をお持ち帰りするか悩んでしまう。
(けどぉ、結局は寝心地だよねぇ)
 そう思って様々なぬいぐるみに触れてみる。フカフカ、モフモフ、どれもなかなかいい手触りだ。その中でも一際(ひときわ)フカフカのぬいぐるみに顔を埋めると、あっという間に睡魔に襲われた。抗うこともなく、その場でスヤスヤと寝息を立てる。


「おい」
 という声で、ミーティアはハッと目を覚ました。寝ぼけ眼を擦って声の主を見てみれば、
「あれぇ、ふるべぇさん?」
 布留部が立っていた。
「こんなところで寝んな、風邪引くぞ」
「あぁ~寝ちゃってたぁ?」
「だいぶグッスリだったな。俺らが店見て回る間身動きさえしてなかった」
「ふぇ~、そっかぁ。でも寝足りないなぁ……」
「悪いが今日は膝貸せねえぞ。俺らも用事があるからな」
「用事ぃ?」
「買い物」
「? お金の概念がないからぁ、お買い物じゃなくない?」
「一応対価は置いていってる。あいつの金だけど」
 布留部がクイ、と親指で示した先には、この間のお悩み相談で見かけた少年と少女の姿があった。ナイトウェアを見て、少年が少女に「これ似合うって!」と言っているのが聞こえる。少女は乗り気ではないようだった。
 それはともかくとして。
「服……そういえばふるべぇさん、ずっと同じ服だよねぇ。一着しか持ってなかったんだねぇ」
「自前のはな」
「うん~?」
「コイツの親父の服がそれなりにちょうどよくて使ってた」
 再び、親指をクイ、とやる。するとナイトウェア話は切り上げたのか、先程の少年がピースサインを浮かべてミーティアに笑いかけてきた。
「イエイ。僕ちゃんのダディは恰幅が良かったんだぜ」
 と言うと、すかさず布留部が、
「俺は恰幅いいわけじゃねえわ筋肉質なだけだわ」
 とツッコむ。
 サイズ感などはわからなかったが、とりあえず、清潔感には気を配っていることがわかった。よく見てみれば、白いカットソーに染みなどはないし、アイロン掛けをした跡もある。意外と綺麗好きなのかもしれない。
「うう~ん、よくわからないけどぉ、清潔ならいいかぁ?」
「お洗濯は……してたよ」
 と言ったのは、少女の方だった。ミーティアほどではないとはいえ、小柄で、華奢な子だった。
「偉いねぇ~まだ小さいのに」
「これでも……十四歳……」
「えぇ~そうなのぉ? 見えないねぇ」
 ミーティアの言葉に、少女はぷぅ、と頬を膨らませる。どうやら幼く見えることがコンプレックスのようだ。あちゃ~、と思いつつ、これ以上口を開くと墓穴を掘りかねないので黙っておく。
「そういうお前は着替えどうしてんだ?」
 布留部もこのままの話題だと気まずいと察したらしく、別の話題を振ってきた。
「私~? 私はちゃんと着替えてるよぉ」
「へえ、サイズ合うやつあったのか」
「うん、おうちにあった服を着てるんだぁ」
 でも、と先程少年少女が見ていたナイトウェアの方を見る。
「新しい服、拾うのもいいねぇ」
 可愛い、ふんわりとした女の子らしいデザインのナイトウェアを着て寝たら、それだけで幸せになれる気がする。
「私も、お買い物……あ、拾い物だっけぇ? についていこうかなぁ~」
「いいけど見るのメンズばっかりだぞ。飽きるだろ」
「飽きたら寝るよぉ」
「お前らしいな」
 フッと笑って、布留部が踵(きびす)を返して歩きだす。
 それを追いかけるように、少年と少女が続く。
 ミーティアも、いい寝心地だった羊のぬいぐるみを宙に浮かせて運び、後を追う。
 ふと思いついて、「ねぇ~」と声を掛けた。
「なんだ?」
「ここにあるのも、そのうちなくなっちゃうよねぇ」
「生産ラインが止まってるからな。パンデミックが起こって……8ヶ月だっけ? それにしちゃあ上等だと思うよ」
「だよねぇ。食べ物とか見てきたけどぉ、ダメになっちゃってるのいっぱいあったし~、自分たちで作ることも考えないとダメだよねぇ」
「開拓かー……専門外なんだよな、そういうの」
「ふるべぇさん、力仕事得意そうなのにぃ?」
「俺のこれはケンカ用の筋肉。継戦能力はない」
「難しいねぇ~。……あ~、食べ物の話してたら何か食べたくなっちゃったぁ」
「お前本当にマイペースな……」
「食べ物取りに行こっかなぁ。お酒とぉ、おつまみとぉ~」
「酒? お前成人してんの?」
「見ての通り、21歳だよぉ~」
「いやどっからどう見ても園児」
「ぶぅ、ひどいぃ~。見た目はぁ、種族的なものなの~」
「あー、種族か。そういえばいろんな世界のヤツらが召喚されてるんだったな、地球人っぽいの多いから忘れてたわ」
「まぁいいやぁ。ふるべぇさんたちもぉ、一緒に食べに行く~?」
「俺はいいかな、さっさと目的のもの見つけて撤収してえ」
 チラ、と布留部が少女の方を見た。
 気付けば、少女は押し黙っていた。何かを思い出したかのように伏し目がちで、唇は固く引き結ばれている。
(事情があるなら仕方ないよねぇ)
 と察したミーティアは、それ以上誘うことなく、その場で布留部たちと別れたのだった――。


*...***...*


 自由な時間はいくらでもある。
 なんせ、やれ魔王の恐怖だなんだといった危機的状況ではないのだ。
 緩やかに迫りくる危機。
 それは、人々の感覚を麻痺させるには充分だった。
 召喚者がどうなのか、アヅキ・バルは知らない。ただアヅキは、自由気ままに過ごす時間も大切だと思った。それだけだ。
 そういう理由で、現在、買い物のためショッピングビルに赴いていた。
 お金の概念がないので、適当にカゴを取って必要なものをポイポイと放り投げていく。
 食器用洗剤に、サランラップ。洗剤はもとより、サランラップはあると便利だ。お皿に巻いたりすれば洗い物――ひいては水や洗剤――の節約にもなるし、アヅキの父もすごい発明だと言ったほどである。父の言うことはいつも確かだった。そのため、サランラップに信頼を抱いているアヅキはそれをいくつかまとめてカゴに放り込む。
 キャッシャーまで行くと、レジ袋を拝借し、その中にカゴの中身を移し、フロアを変えることにした。日用品は大体揃った。あとは、対モンスター用の武器があればいいのだが、果たしてスポーツ用品店にあるのだろうか。
 過度な期待はよくないので、あったらいいな~程度の気概でフロアマップを見、目的の階まで階段で昇る。エスカレーターもエレベーターも止まっていたので、ちょっとした運動になった。特になんということもないが。
「ん、あれ?」
 ふと、遠目に見知った後ろ姿が見えた。が、確証が持てない。なぜならその人物はジャケットらしきものを羽織っていたからだ。
(ふるべぇさんかな? でも、カットソー姿じゃない……)
 けれど、背格好はまったく一緒だ。両脇にいる二人も、見覚えがある。巡とメイだ。間違えようがないな、と思いつつ早足で彼らのもとへ向かい、前に回り込むと、
「あ、やっぱりふるべぇさんたちでしたか」
「なんだ、アヅキか」
「なんだとはご挨拶じゃないですか」
「輩(やから)だったらどう処分しようかなとか考えてたところだったんで」
「何気に物騒なんですね、ふるべぇさん」
 とはいえ冗談半分の軽口であることは声音からわかったので、クスクスと笑って流す。
「ふるべぇさんたちもお買い物ですか?」
「ああ、そんなとこ」
「何をお買上げに?」
「今着てるジャケットとー、適当に服数着。あとは半紙と墨と硯(すずり)と毛筆だろ、それから靴。他、日用品適当に。んで、帰り際に煙草専門店に寄ってく。いい店あるんだって教わったから」
「あれ、ふるべぇさんって喫煙者なんですか」
「ガキの前じゃ吸わねえけどな」
「似合いそうですねえ、煙草。ふるべぇさん、どちらかと言えば悪役ヅラですし」
「どういう意味だコラ」
「そのままの意味ですよ」
 フフフと笑うとはあ、とため息をつかれた。あまりからかっても怒らせるだけなので、話題を変えることにする。
「そういえばお三方。後ろから見たら、なんだか仲の良い兄弟でショッピングに来たように見えましたよ」
「兄弟ねえ」
「ふるべぇさんとメイさんは髪の色が似てますし、メイさんと巡さんはなんていうか、雰囲気がもう兄妹のそれでした」
 と言うと、メイが大仰に胸を張った。
「まーあねー、めぐと俺はちっさい時から一緒だから」
「あら、そうなんですか」
「うん……物心ついた時から一緒」
 次いで、控えめに巡が答える。
「なるほどなるほど。
 いやあ、私の故郷のことを思い出してしまって。懐かしんでしまいました」
「故郷?」
 と尋ねるのは布留部だ。
「ええ。私にも、兄と妹がいるのですよ。みんな、元気にしてるかなぁ」
 一瞬、郷愁の念に駆られたが、きっとたぶん大丈夫だろう。なんとかなるさを地で行く父親の血を濃く引いているのか、バル家の面々はどういう状況下に於いても強い。
 とまあ、そのようなことよりも、アヅキが気になるのは布留部の恰好だった。思わずまじまじと見つめてしまう。
「なんだよ」
「いや~……ふるべぇさんって、ずっと薄着のカットソー一枚で過ごしていたじゃないですか。あれって、陰陽師の修行の一環か何かかと思っていたのですけど、違ったんですね」
「そうそう俺も修行だと思ってたの。思うよね修行だって。ね~?」
 ここぞとばかりにメイが乗ってきた瞬間、布留部が素早く――それはもう、実戦で使うような速さで――印を組んで「便乗すんな滅すぞ」と言ったのでメイと揃って一歩後ずさる。
「怖!」
「ふるべぇさん、こんなところで本気を出さないでください」
「まだ本気じゃねえよ」
 まだ、ということはいずれ出すつもりなのだろうか。正直、あまり敵に回したくない人種だ。強いのは見て取れるし、何より面白いのでからかい甲斐がある。
「衣服といえば、ここの世界の住人が地球人タイプの二足歩行種でよかったですよね」
「あ?」
 考えたこともなかった、とでもいうようにキョトンとする布留部に、「だって」とアヅキは言葉を続ける。
「タコのような軟体動物系だったら、下着の調達にも困るところですよ」
「それ以前にコミュニケーション取れねえな。お手上げだわ」
「そうですねえ。そっちの面でも苦労を強いられたでしょうね」
「言われてみれば確かになー。ケンタウロスタイプでも困ったわ。下着変えらんねえとか不衛生極まりねえ」
「ですねえ、病気になりそう……」
「お前はいいじゃん、アラクニア人スタイルならいけるだろ」
「そうですね、なんとでもなると思います」
「そう考えるとシェイプチェンジって便利だよな」
「覚えてみますか?」
「いや俺生粋の日本人だから無理。シェイプチェンジできたら人間って種族超越してる」
「ふるべぇさんならできそうですけどね~」
 どういう根拠だオイ、というツッコミはスルーして、アヅキは滔々(とうとう)と言葉を続けた。
「お父さんたちが小型艇で地球に不時着した時には、船の残っていたエネルギーを使ってレプリケーター――複製機のことですね。で、必要な物を作ったそうですけど、この世界には、そこまでのテクノロジーはなさそうですね」
「そうだな。本屋でざっくり調べてみたけど、ここの文明は日本とさほど変わりねえ」
「ニホンのテクノロジーがどの程度かは測りかねますが、ふるべぇさんの表情を見るに、失礼ですが大したことはないのでしょうね」
「うん、まず使いこなせるヤツらが限られてるからな。エンジニアとか専門職呼びでもしねえとどうにもならねえよ」
 確かに、いくら発達した機能があったとしても使えなければ宝の持ち腐れである。アヅキのいた世界では、ある程度教養があれば使えたが、ニホンではそうはいかないらしい。
「話は変わりますが、ひとけの少ないフロアって、B級ゾンビ映画に出てきそうですね」
「あー、どっかのクソマイスターが喜びそう」
「クソ?」
「いやこっちの話。続けて」
「ほら、物資の調達のため、ショッピングモールに行くじゃないですか。なんだかそんなシチュエーションを思い出してしまいますね」
「確かに、お約束ってくらいあるよな」
「どうします? ゾンビが強襲してきたら」
「滅す」
「清々しいほど即答ですね」
「対死者なら任せとけ」
「頼りにしてます。……でも実際問題出るのは、ゾンビとは限らないんですよね。モンスター、って聞いただけで」
「そういや漠然としてんな。どうなってんだ?」
 と布留部が話を振ったのは、飄々とした面持ちでいたメイだった。メイは「ん?」と間の抜けた声を発した後、「幅広くなんでもいるねー」と言った。
「なんでも?」
「えーと、ゴブリンとかドラゴンとかー、サハギンやギルマンでしょー、あとは月ちゃん得意そうなのもいるよ、妖怪」
「古今東西入り混じってんな……」
「ちょびっと強いのだとレヴィアタンとか」
「ちょびっとどころじゃねえよ聖書クラスじゃねえか」
「バフォメットとか」
「だから強ぇよ……」
「ふるべぇさん、勝てます?」
「いやー……えー……ちょっとわかんねえ……そこまでの相手したことねえし、そもそも聖書系の敵って陀羅尼(だらに)よりエクソシスト系なんだよ」
「どう違うんです?」
「経文唱えるか聖書の一節唱えるか。後者は俺無理だぞ門外漢だ」
「あらー……じゃあ強敵が来ないことを祈るばかりですねぇ」
 思いの外モンスター情報が凶悪だったことに、いよいよ武器が必要だと感じる。
「私、このまま武器を探しにスポーツ用品店に向かいます。ふるべぇさんたちはどうしますか?」
「あー行く。木刀でもありゃ簡単な対人結界になるし」
「へー、月ちゃんが木刀持つと結界レベルですげえの?」
「段持ちだからな、それなりに戦えるよ」
「ダンって何?」
「そっかあそういう概念からかあ……」
「落ち込まないでください、ふるべぇさん。きっと結構頑張ったんですよね」
「わかってくれるか」
「団結力を高めたりする役目でしょう? 大変ですね、団持ち」
「その団じゃねえしその発想はなかったし無理矢理感が否めねえっていうかわざとボケてんだろ感満載だしどこからツッコめばいいかわかんねえ」
「ツッコもうとする気概は感じられました。律儀ですねぇ」
 このやろう、と布留部が舌打ちする中、アヅキはスポーツ用品店を目指すのだった――。


*...***...*


 兄のことを、思い出した。
 些細なことだ。
 パンデミックが起こる前、二人で買い物に来た時の記憶。
 服を買った。
 靴を買った。
 文房具を揃えた。
 雑貨屋で食器を買った。
 生鮮食品コーナーで夕飯の材料を買った。
 ――このビルには、譲(ゆずる)の思い出が強すぎる。
(いけないなあ)
 巡のことを、楽しませようとしてくれた人が、いた。
 落ち込むことは、その人の気持ちを踏みにじってしまうようで心苦しい。
 でも、どうしようもなく、ちらつくのだ。
 兄と並んで歩いた記憶が。
 笑い合った思い出が。
 油断すると涙がこぼれそうになる。
 それだけはダメだと必死に堪えて、巡は布留部とメイの後を追う――。


 匂いがした。
 遠くで、微(かす)かだが、巡の――泣いているような、悲しんでいるような、胸がギュッと締め付けられるような香りが。
 ヴォルクは、即座に行動に移すことにした。というのも、アニマルセラピーという言葉があるように、セラピードッグとして巡に笑ってもらおうと思ったからだ。勘違いしてはいけない。巡は、ヴォルクの大事な清潔担当者なのだ。シクシクウジウジしてもらっては困る。だからそのためには、なんだってしてやるのだ。
 ヴォルクがまず取った行動は、ペットショップに向かい、革製の首輪を探すことだった。
 ベタだが、焦げ茶色を選ぶ。体色を考えるとスタンダードが一番良い。
 色々と探してみると、ありがたいことに十字架がついたオシャレな首輪を見つけた。それも、八端十字である。ロシア産まれのヴォルクにとって馴染み深い。正教である。心のなかで、アミン、と唱える。わかりやすく言えば、アーメン、だ。
 首輪を咥えてビルの中を走る。巡の匂いはしっかり刻み込まれている。そのため、どこにいるのかは容易くわかった。6階の、メンズコーナーだ。陰陽師の匂いと、もう一人の匂い――たしか、メイといった――もしたので、三人で来ているのだろうことは容易に想像がつく。そして、なんらかの事情で落ち込んでしまっていることも。
 巡の事情なんて、ヴォルクにはわからない。たぶん、話して聞かせてもらっても、巡の痛みの10分の1も理解できないだろう。個人の想いなどそんなものだ。いくら理解しているつもりでも、その実まったく理解できていないということはよくある。
 だから、ヴォルクは何も聞かない。
 ただただ、巡を元気にしたくて、彼女のもとへ、走る。


「わん!」
 と声を上げると、巡は驚いたように振り返った。「わんこさん……?」と、目を瞬(またた)かせながら近付いてくる。モフッ、と首筋に埋もれるように抱きついてきたので、しばらくそのままにしておいてやる。
 ややして巡が落ち着いた頃、首輪を付けるようにアピールした。巡は聡い。すぐにヴォルクの意図を理解して、きちんと首輪をつけてくれた。上出来だ、と頬ずりすると、巡はくすぐったそうに笑った。
 それから、体を低くして尻尾を振った。乗れ、と言わんばかりの仕草である。何、巡くらいの体格の子供なら、乗せて走ることなど朝飯前だ。
 普通に乗ってしがみついてくれてもいいし、ロデオのように首輪を持ってもいい。そのために首輪を探したのだから。
「わんこさん……」
 言わんとしていることがわかったらしく、巡は小さく呟いた後、ヴォルクの背に乗った。ぎゅっとしがみつくようにヴォルクのことを抱き締めてくる。
 しっかり掴まったことを確認したら、あとは走るだけだ。
 助走をつけて、ジャンプ。
「うわ!?」
 驚いた陰陽師が、手にしていた服を落とした。運悪く、ヴォルクがその上に着地する。滑りはしなかった。そんなやわな体幹ではない。陰陽師が愕然とした顔をしていたが、気にしない。
 ついでにそれを取ろうとしたメイの頭も踏んだ。「あいてっ!」と声がしたが、気にしない。
 なぜならセラピー中だからだ。アリルイヤ!
 ひたすら駆けに駆けると、背後で楽しそうな笑い声が聞こえた。巡だ。元気になったのだろうか。一旦足を止め、巡の方を眺める。巡は、最初見かけた時――ひどく沈んだ顔をしていた――とは打って変わって、眉を下げて笑っていた。
「わんこさん、速い」
 そりゃそうだ。巡を楽しませようと、全力疾走したのだから。おかげさまで、少しだけ疲れた。けれど、そんな一面は見せない。ヴォルクは紳士なのだ。澄ました顔をして、巡のことをジッと見つめる。もう元気になったか? そう問いかけるように。
「わたしは、いっぱい、いっぱい、支えられてるね」
 ヴォルクの背から降りた巡が、ポツリと呟きながら、そっと背中を撫でてきた。
「頑張らなくちゃ、ね」
 と言ったので、ヴォルクは尻尾でビンタした。
「……!?」
 驚いた顔をする巡に、「わん!」と吠える。
 頑張らなくていいのだ。
 自分のペースでいいのだ。
 無理をする必要などない。
 ただ、苦しい時、頼ってくれればそれでいい。
 メイの魔法がない今、伝わったのかどうかはわからない。
 けれど巡がヴォルクをしっかりと抱き留め、「ありがとう」と言ったので、ひとまずよしとすることにした――。


*...***...*


 佳波 まどか(かなみ・まどか)がショッピングビルの存在を知ったのは、召喚されてから実に一週間以上経ってからだった。
 やっと着替えができる! と喜び勇んでビルに入り、フロアマップを見てレディースファッションのコーナーを目指す。
 辿り着いたファッションコーナーは、多少荒らされていたものの、品物が全然ないというわけではなかった。とはいえ、日本人の平均的身長であるまどかのサイズは漫月でも平均的であるようで、S~Mサイズの可愛い服は軒並みかっさらわれていたが。
 けれど、着替えがないこれまでとは大違いだ。
 何を着よう、これがいいかなあれがいいかな、と悩むこと十数分、ハッと気付く。
(色々動き回らなきゃいけないよね? ってことは、可愛いを優先しちゃダメだ)
 手に持っていた、ミニスカートやふんわりシフォンのワンピースなどは、泣く泣く除外する。……一着くらいはいいよね? とお気に入りのコーデだけ残し、後はショートパンツやジーンズ、パーカーなどの軽装を選ぶ。もちろん、冬も終わりが近付いてきたとはいえまだまだ寒いので、コートの類も忘れない。コートはカーキ色のモッズコートにした。これなら温かいし、それなりにオシャレだ。今履いているショートブーツにも似合うだろう。
 それとは別に、大きめのリュックサックも手に取った。そこに、漫月へ来た時に着用していた制服を綺麗に畳んで入れる。皺にならないか少々心配だったが、致し方ない。
(これは帰るときまで汚すわけにはいかないよね)
 同じく、この世界に召喚された時持ってきていたマスコットも傷まないようリュックに付け、他に必要なものを探す。
 外着は整ったので、あとは部屋着だ。モコモコとした素材が特徴的な、パステルカラーの可愛らしいルームウェアを見つけたので、それを拝借する。
 それから帽子。靴下も何足か欲しいし、ハンカチだって必要だ。肌を整えるために化粧水や保湿クリームも外せないし、当然ながら下着だっている。
 それらすべてをリュックとショッパーに入れると、だいぶ大荷物になった。
(これでも最小限にした、つもり、なんだけど……)
 女の旅は荷物が多いと言うが、まさか自分にも当てはまるとは。
 それから、とまどかが次に探したのは、スマホの充電器だった。この世界は、日本に似ている。もしかしたら、人々の連絡ツールは日本と同じ スマホなのかもしれない。そんな淡い期待を込めてスマホショップに顔を出す。
「あっ……!」
 そこには充電器があった。駆け寄り、端子が合うか試してみる。が――。
「ダメだぁ……」
 生憎、充電器が噛み合わなかった。さすがにそこまで一緒なわけないよね、と、諦めと落胆の感情が入り交じる。
 ふとスマホを見てみると、もう充電は僅かだった。大事に、そっと、握り締める。
 電波は入っていないので、電話としての機能はもちろん、時計としての役割さえ果たせていないのだが、カメラやライトとしては使えるし、何よりこの中には大切なデータ――写真が入っている。以前の学校の友達や、父と兄の写真が。
(お兄ちゃんもお父さんも……みんな、心配してるかな。……きっと、してるよね……)
 弱音を口にしたら一気に堤防が決壊しそうで、まどかはギュッと唇を引き結ぶ。
(今までは離れていてもネットやメールで繋がってたけど、ここには誰も居ないんだ……)
 ひとりぼっちでいる今、そのことを強く実感させられた。
 ともすれば泣いてしまいそうな中で、まどかは強く決意する。
(えーい! うじうじ悩んでも無駄だ!)
 両手で頬をパンッと叩き、気合を入れ直す。
(ネットで繋がってた人はいないけど、ここには新しく友達になれる人がいる! 新たな繋がりが持てる! 私は一人じゃない!)
 そうだ。今までだって、親の転勤の都合で、友達との繋がりが絶たれることは珍しくなかった。
 今回も、そういうものだろう。新しい土地に引っ越してきたと思えばいいんだ。
 新しく繋がりを持てばいいんだ。
 そうと決まれば、話しかけてみよう。
 最初はそう、こちらに向かってくる三人組に。
「あの、初めまして!」
 勢いよく頭を下げて、「佳波まどかです!」と自己紹介をする。
 一人は人懐っこい笑顔でヒラヒラと手を振り、一人は思い詰めたような表情で人懐っこい笑顔の子の背に隠れ、一人はなんてことのない顔で「おう」と声を上げる。
(大丈夫。上手くやっていけるよ。それで――無事に帰るから!)
 まどかは三人のもとへ駆け寄ると、挨拶を兼ねた雑談を交わすのだった――。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<あとがきマスターコメント>

お世話になっております、灰島です。
この度はお買い物シナリオにご同行くださりありがとうございました!
思ったよりみんなが絡んでくれて嬉しかったです。
みなさん、好きなことをできたでしょうか?
やりたいことはできたでしょうか?
このリアクションが、少しでも、あなたの時間の癒しになれば幸いでございます。
それではまたいずれ。

――――――――――――――――――――――――――――――――


<定員> 10人
<参加締め切り> 2月9日23時
<アクション締め切り> 2月13日23時
<リアクション公開予定日> 2月23日
<リアクション公開日> 2月16日

<参加者>
刀神 大和
リンヴォイ・レンフィールド
佳波 まどか
アズキ・バル
織主桐夏
ヴォルク
公 玲蘭
霜北 凪
ミーティア・アルビレオ
ネルネ・ルネールネ
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  1. 2018/02/16(金) 22:00:00|
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