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【コモンシナリオ】第八話(最終話) さよなら、小川町

第八話(最終話) さよなら、小川町


マスター:有沢楓花




 
 まんげつ造のある都市から離れたとある場所に、瀬織市という小さな市がある。
 中心部は都会的な賑わいを見せ、離れれば田畑や牧場も見られる、そこそこ都会、そこそこ田舎という何かにつけ便利な市だ。
 その「そこそこ田舎」な場所に、小川町はあった。

 そしてどんな町もそうであるように、小川町にも出会いとそして別れの時が近づいていた……。


                      *


 試食会から一ヶ月後の某日、ららモール瀬織。ここは土地開発の一環であちらこちらに建てられていたショッピングモールだ。
 パンデミック以前の休日には多くの買い物客で賑わっていたのだろう、ゆったりと歩ける見通しの良い広い通路と、その中央にある開放感のある吹き抜け。そこに飾られている観葉植物――だったもの――や造花が特徴的だ。
 三階にはレストラン街があり、通路の両端に和食から中華、エスニックまで並んでいる。そのうちの一軒「タベルナ」では早朝から町長会議の準備が進められていた。
 前日までにすっきりと掃除した店内。ブラシで磨いた木製のテーブルに石鹸がほのかに香るランチョンマットを敷き、食器を整える。
 厨房でも冷蔵庫と作業台とコンロの間を往復しながら、次々と料理を作っていく。
 午前11時。
 手作りのチェック表片手に見回っていた町長代理の長谷川 陽向(はせがわ ひなた)は、紙の下端まで指を滑らせると、周囲を見回し、ひとつも埃と染みとしわのない様子に、満足げに頷いた。
「よし、全て順調だ。時間に充分余裕があるから、各自最終チェックを頼む。その後は本番まで適宜休憩して欲しい」
 生徒たちは「はい」と答えて仕事を続けた。彼らの横顔に緊張感はあるものの、お墨付きをもらったせいかちらほら安堵の笑顔が見える。
 今日の招待客は六名。二つの町の町長及び同行者がそれぞれ二名。小川町はおもてなし側であり、人数で威圧感を与えすぎないよう殆どの生徒は裏方に回る。
 こちらで全面に立つのは生徒会の町長立花 凪(たちばな なぎ)と陽向だった。
 そして召喚者たちもだ。予行演習通り、食事を紹介しつつ談話して相手からの理解を得ようということになっていた。
「勝算はあるのかい?」
 町長・立花 凪(たちばな なぎ)が陽向ににやりと笑う。
「町長としては如何です?」
 陽向がやり返すと彼女は肩をすくめた。
「ま、最初はジャブだよジャブ。初めて会う人とお弁当のおかず交換はできないでしょ? 今日は最終合意に至るための顔合わせくらいに考えておこうよ」
「第一の目標は警戒を解くこと、第二の目標は次回会議の開催決定、第三の目標は町長会議の継続合意……でいいですか」
「うん。そんな感じでいこう。ちょっとずつ前進すれば最後にはゴールに辿り着くってね。あとは緊急に必要な物資の洗い出しと分配が出来たらいいな」
「議題に加えておきます」
 陽向はチェック表に書き込むと、レストランを出てぐるっと辺りを一週した。
 広い通路の両端には、加賀 陸(かが りく)と部下が警戒に立っている。今回は武器はシンプルに拳銃を服の下に隠している。
 異常なしという顔だ。
 陽向は戻ると時計を見て、凪に視線を移し頷いた。
「……うん、そろそろかな。陸、出迎えに行こう。陽向と雨音はここをよろしくね」
「ええ、陽向の見守りは任せておいて」
 生徒会書記の斎藤 雨音(さいとう あまね)が鍋をかき混ぜていた手を一時休めて、ひらひら振った。


 凪は猫のような伸びをすると、陸を伴って約束の場所、ショッピングモール一階の正面入り口へ向かった。
 光量をやや落としたモールの床にコツンコツンと踵の音が反響する。
 無人のモールは放棄されてから時間が経ってはいたが、まだどこか日常を残していた。掃除こそ必要なものの、人が入ればすぐに営業を始められそうに感じるのは、路上でアスファルトを割って生い茂る草や、魔物が湧く川を見てきたからだろうか。
 それに実際、今残された子供たちにとっては、ここは廃墟でなく宝の山。
「子どもの時さ、砂場で山作って棒立てなかった? 順番に砂取っていって、棒が倒れたら負けってやつ」
 正面入り口に到着すると、凪は振り返らずに問いかけた。答えを期待しているわけではない。比喩ってやつだ。
 その後しばらく沈黙していると、
「……相手が来たね」
 両開きの自動ドアの向こうに、各三人ずつ、二組の姿が現れた。
 町長が二人、同じ歩調で、互いに視線を交わして足を踏み出す。その後を各二名が続く。
 ドアが開く。
 現れた顔に向けて凪は大げさなほどフレンドリーな身振りで出迎えた。
「お忙しい中、わざわざのお運びありがとうございます。初めまして、小川町の町長・立花凪です。こちらは使者に同行したので覚えがあるかと思いますが、加賀陸です」
 手を差し出す。二人の町長が勢いに押されてごく控えめに差し出した手を、ぐっと強く握る。
 二人とも凪と年齢はさほど変わらない青年だ。
「お疲れでしょう、食事をご用意しています。それともモールを先に見学されますか?」
「案内はいいよ、下見はした。勝手に持ち出されたらかなわないんでね。ああ、俺は川野町の町長、原田だ。よろしく」
 ウェーブのかかったクセ毛の青年は、握手した手をすぐに引っ込めると疑り深い視線を向けてきた。
 それに対してもう一人の町長、髪をきっちりと撫で付けた青年がすぐさま反応する。
「わたしは白川町の町長、伊集院だ。……で、君は我々を信じていないと、こういうことか? 会って早々会談に臨む気が無い、と。ならば帰ってもらって結構」
「はん、本心じゃ仲間外れにしたいってか?」
 原田が探るような目を向けると、伊集院はしばしにらみつけ。
「下見はしたが、勝手に持ち出してなどいない」
「する余裕もなさそうだなあ? 連れてるのも嬢ちゃんとちびっ子か」
「不愉快だ。帰らせてもらう!」
 顔を合わせて一分もしないうちに険悪な雰囲気が漂う。
 両者に付いてきた二人の部下たちはハラハラしたように状況を見守っていた。確かに川野町の方は二人とも体格の良い、高校生くらいの少年だ。それに比べて白川町は年長の女性と中学生くらいの少年である。
 凪は内心で苦笑しつつ、
「――まぁ、まぁ。せっかくご足労いただいたんです。ここはお茶だけでも一杯」
「そう言われれば……わたしたちも受けないわけにはいかないな」
「やれやれ」
 二人の町長は顔をしかめたり肩をすくめる。
 凪が先が思いやられそうだと密かに思いながら、レストランへ先導した。陸は無表情のまま最後尾につく。
 凪はクールダウンさせるために少しだけ遠回りしながらモール内を案内する。
「衣料品店はまんべんなくありますが、一階は他にスーパーと食料品や雑貨、二階には家電など大型店舗とフラワーショップ、三階にレストラン街とカルチャーセンター等ですね」
 町長たちの機嫌と歩幅に注意しつつ長い通路を歩き、停止させたエスカレーターを二階まで登った時、
「……済みません。トイレに行ってきて良いですか?」
 白川町の少年がぱっと手を挙げた。一呼吸も置かずにすかさず原田が許可を出す。
「仕方ねぇな。行ってこい。集合場所は分かるな?」
 済みません、とぺこりと頭を下げて少年が走り去る。
「タベルナだよ。ああ、そっちは家電売り場でトイレは逆方向――もう行っちゃった」
 凪が伸ばした手の行き場を無くしていると、今度は中学生ほどの少年が伊集院をちらりと窺って、俺もトイレに行ってきますと言うなり駆け出した。
 今度は先の少年とも違う方向だ。
「だからそっちも、花屋しかない……」
 一行はしばらく待ったがなかなか帰ってこないので、先に向かうことにした。
 そしてゆっくりとホームセンターを回ってから先ほどのエスカレーターへ向けて歩き出したとき――突如としてフロアの灯りが消え辺りは暗闇に包まれた。
 驚きと小さな悲鳴が混じる中にコツコツコツと床を動き回る足音が混じり合う。
「止まれ! 人や物に衝突する危険がある、非常灯がつくまで動くな……」
 緊張をはらんだ陸の声に、それでも全員が落ち着こうと努めていると、今度はフロアに男の悲鳴が起こった。
「うわああああ!」
 何が起こったのか。目を凝らすが暗闇で何も見えない。
 誰もが武器を構え状況を把握しようと精一杯な中、唐突に非常灯がついた。
 通路の両脇から放たれる緑色の光の中にぼんやりとそれぞれの輪郭が浮かび上がり――目が慣れた頃に見えたのは、原田が呆然と目を見開いて壁際を指さす姿だった。
「何……だよあれ……? 怪物がいるなんて知らねぇぞ!?」
 陸がポケットの中の懐中電灯のスイッチを手探りで入れ、ぱっと照らせば、大きな影が壁面から天井にかけて伸び上がっていた。
 徐々に下にライトを向ければ、照らされたのは……。
「……大人……!」
 そこにいたのは大人、いや大人の体格をした、首から吊り上げられたような姿勢で歩く何かである。
 既に腐敗しており骨からこぼれ落ちそうな肉を揺らして歩くそれは、まるでホラーゲームに出てくるゾンビだった。少し変わっている点があるとすれば、口から緑色の触手のようなものがうねうねと獲物を求めてさまよい、目や耳からふさふさと葉を茂らせていることだろうか。
 それが一体、急にダッシュして突っ込んでくる。
 凪が手に風を巻き起こして破壊すると、背後の壁にぶつかったゾンビがトマトのように潰れた。触手はなおも動いていたが自力で移動は出来ないようだ。
「不手際はお詫びします! が! 今はこの状況を何とかするのが先ですっ!」
 彼女がそう叫んだのは、ライトの中に再びゾンビの姿が一体、二体と浮かび上がったからだった。
 どこから来たのか、見逃したのか。小川町の面々は一度は見回りはしたものの、必要な物資が得られる場所以外は(管理事務所を除き)ざっと外から見ただけだ。バックヤードや非常階段などは調べていなかった。
「十三、十四……数え切れねぇ。どこにこんなにいやがった? こんなことになるなら……」
 原田が舌打ちして魔法銃を暗闇へ向けると、トイレに行っていた二人の少年が別方向から愕然とした顔で戻ってきた。
 白川町の少年の方は既に襲われたのかべったりと肉をくっつけている。
「三階は灯りが付いてました」
 息を切らした二人の報告に凪が手を大きく振って促した。
「エスカレーターまで急いでください。私と陸が殿を務めます」


                      *


「……遅いわねぇ」
 雨音が息をついた。
「温めるタイミングがあるんだけどなぁ、何かあったのかしら……ん?」
 スマホにメールが届いた。
 ――停電、ゾンビ発生、数体突破。対処頼む。
 陽向と同時にメールに目を通し顔を見合わせると、二階と三階を繋ぐエスカレーターから、死者の群れが汚泥が徐々に溢れるように歩み寄ってきた。
 陽向は驚きと悪臭に息を詰まらせたが、咳払いをして必死に声を上げる。
「戦闘可能な者だけでエプロンを脱いでエスカレーター前へ。なるべく撃つな、叩くな! 掃除が増える! レストランは施錠、絶対に料理は死守してくれ!」
「私は管理事務所に行って、照明の状態を確認してくるわ」
 右手には非常用階段の表示があった。ここから管理事務所に行くことができる。
 事前の調査では、モールの電源やら監視カメラ、施錠などを一括で管理できることが分かっていた。ついでに仮眠室なども付いており、近くには屋上。ゾンビが来たら立てこもるには最適だ。
「ゾンビ映画じゃないんだから」
 雨音は武器を掴むと、二、三人と共に階段へ続く扉を開いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<マスターコメント>

 こんにちは、有沢です。
 小川町のシナリオ、第八回です。今回が最終回となります。

 今回のシナリオの目的は、三者会談の成功です。
 全員揃ってレストランに着席し信用を互いに得ることが目的……ですが、それ以前にゾンビ発生及び町長たちが少し隠し事をしている状況のため、解決が望ましい状況です。
 するべきこととしては、
 ・ゾンビ退治(エスカレーター周辺)、料理を守る
 ・隠し事の推理や今回のゾンビ発生現場の制圧
 ・料理する、料理提供中/後のアピール、交渉、会議前の掃除の時間稼ぎなど
 などが考えられます。
 会談が成功すれば瀬織市の安定と発展が約束されるでしょう。
 ゾンビですが、数は二十体程度です。倒すのは剣や銃など武器があれば簡単です。一般人でも一対一なら数体は倒すことができます。
 ただかなり腐敗しているために、拳での殴り合いでも周囲1メートルほどはびしゃびしゃになってしまいます。
 レストランが汚れると掃除が大変でしょう。ちなみにフィットネスクラブがあるためシャワーを浴びることは出来ますし、着替えもモールには沢山あります。
 ……などと色々書いていますが、全体的な難易度は普通です。

 そして最終回ですので、ガイドにない状況へのアクションも可能といたします。
 モール内や小川町・海亀公園やその周辺に存在しそうな施設へのアクションは可能です(例としては、発電所は可能ですが核融合研究所はないでしょうし、内容によっては対応できない場合もあります。済みません)。
 またダブルアクションも可能といたしますが、個々の描写が薄くなる可能性があります。


 それでは、小川町最後のアクションをお待ちしております!


<リアクション>

撤退、三町三様


 壁に沿ってぽつんぽつんと点る非常灯を頼りに、三つの町の町長を始めとした八人は闇に目を凝らす。
 壁際こそ輪郭が浮かび上がるものの、通路が広く周辺には窓がないため昼間だというのに充分暗かった。平行に並ぶ非常灯の向かい合わせの距離で通路の幅を推し量り、一列に奥に続くそれで距離感を掴もうとする。
 ここららモール瀬織で突如起こったゾンビ発生と停電は思考を混乱させたが、非常灯が冷静な思考を繋ぎ止めていた。
「吹き抜けのガラスに衝突しないよう、気を付けて下さい」
 小川町の町長・立花 凪(たちばな なぎ)が他の町長たちから見えないのを良いことに口をへの字にしたが、そこに円い灯りが頬をなでて通り過ぎた。
 陸が懐中電灯で通路の中央を照らしたのだ。
 誰かの喉が鳴る。
 どこを照らしても、ぽつぽつと人型のシルエットが浮かび上がる。
 こちらに向かってくるものがあり、ものの影になってゆらゆら動く頭があり、かと思えば中には流行の服を着たマネキンも混じっていた。
「視界の確保か目印にされるか悩みどころだね。まぁ是非もないんだけどさ」
 ぼやく凪に川野町の町長、原田の魔法銃の大きな銃声が答えた。いつのまにか接近していたゾンビの腹部が弾けて、密集した緑色の葉が露わになる。
「つべこべ言ってないで倒せばいいんだろ? おい、そっちは何突っ立ってんだよ!」
 原田は白川町の町長、伊集院に怒鳴る。
「その銃は飾りか!?」
「誤射を考えれば軽々しく撃てるものではないだろう!」
 怒鳴り返した伊集院には懸念だけではない怯みが見て取れる。
「ちっ……」
 原田は伊集院の腰に納まったままの拳銃に舌打ちすると、自分の、通常より二回りは大きい魔法銃を連射した。
 脚部を狙ってトリガーを引く度に、リズミカルな発砲音が肉を削ぎ、骨を砕き、ゾンビが階段を踏み外したようにまろびながら、地面に突っ伏した。
「こんなもんだろ」
 原田が得意そうにゾンビに近づいて様子を確かめようとする……と、それは肉片をぼろぼろ落としながら上半身を持ち上げ、スキニージーンズに抱きついた。
「臭え……!」
 恐怖より本能的な拒絶反応が勝り、彼は眼下のゾンビの頭頂に銃を打ち下ろした。二度、三度。
 力が緩んだところをガッと引き剥がして一歩下がると、ゾンビが床に突っ伏した。後頭部に向けトリガーを引く。
 ヘッドショットを受けたゾンビは折れた頸部から動脈のように生えた葉をうぞうぞとうごめかせていたが、これ以上は動けないようだ。
「畜生……ッ」
 原田が肩で息をしながら脚に目を落とせば、デニムもろとも皮膚が軽く裂かれていた。
「申し訳ない。歩けますか?」
 慌てて駆け寄った凪の問いに彼は顔を僅かにしかめて頷くと、伊集院が冷静にショルダーバッグからナイフと消毒綿を取り出した。手際よくジーンズを裂いて傷口をごしごし拭く。
「感染症の心配をすべきだな」
「痛ってええ! わざとじゃねえだろうな」
「我慢しろ。大した傷じゃない」
 てめえ、と原田が突っかかるのを凪が押さえた。
「手当ては上でゆっくり。とにかくエスカレーターへ急ぎましょう」



レストラン「タベルナ」にて


 三階、レストラン「タベルナ」の厨房。
「これが最後の一個……です!」
 アヅキ・バルの額に光る汗は、ここ一番の唐揚げにかける情熱と、熱くたぎった鍋から立つ熱気と、ゾンビが迫る焦りと、そのどれによるものだったろうか。
 二度揚げをしている唐揚げの最後の一個が、泡を立てながら冬毛のきつね色を纏う。
 アヅキは菜箸を操り、それをさっとクッキングペーパーの上に着陸させる。
「ふう……これで無事揚がりました」
 火を止めて一息つくが、これは前哨戦に過ぎない。
 厨房の外では慌ただしく動き回っている気配がするし、レストランの外からは銃声も絶え間なく聞こえてくる。
 ゾンビ。このあつあつ唐揚げをゾンビ汁まみれにされて台無しにされるなんて、許されない。
「仕上げに練乳を……そう、時間と素材を費やした私の練乳から揚げ、何としても死守しなければいけません」
 チューブの練乳をふわっと円を描くようにかけると、アヅキは厨房を出てその手に【クロスボウ】を引っ掴んだ。
 スコープ付きのそれは銃のような物々しい雰囲気もあり、年頃の少女が扱うには弦が重い。
 しかし店の扉を潜った彼女がアラクニアンスタイルへと変化すれば、ハーフとはいえ種族特有の強靱な肉体によって軽々と弦を引いて構えられる。
「こんなこともあろうかと用意しておいた対ゾンビ究極兵器です。ゾンビゲームとかゾンビ映画でのクロスボウは、下手な銃よりも強武器だって兄さんも言ってました」
「それなら丁度いい、一緒にここを死守してくれ」
 長谷川 陽向(はせがわ ひなた)が一瞬アヅキに視線を向けると正面に向き直った。
 陽向はエスカレーターのほぼ正面に、降り口から数メートル離れて陣取っている。登ってくるゾンビに魔法銃の銃弾を撃ち込んでいるが、相手は痛みを感じないせいか細い弾丸が貫通してしまっているせいか、ようやく押しとどめている様子だった。
「ええ、雨音さん、凪さん、加賀君……残された者同士で力を合わせて生きていこうとする貴方達の努力をここで潰すわけにはいかない。
 会談は彼らが必ず成功させてくれるって私は信じてる」
 ……。
 たっぷり三分は沈黙が流れた。
 アヅキがはっとして陽向の様子を窺うと、そこに浮かんでいたのは“無”だった。
「えっとね、長谷川君、その……決して忘れていたわけじゃないの。そのついうっかりっていうか、あれ一人足りてない? いや、まさか、そんなみたいな……あ、何でもないの。ただの独り言みたいなものだから」
「……そ、そうか」
 表情は戻るが、声にはっきり動揺が現れていた。
 アヅキはごまかすようにスコープを覗いてエスカレーターの降り口に狙いを付ける。拡大されるゾンビは見ていて気持ちの良いものではないが……。
「射程は充分」
「あ、ちょっと待って!」
 二人の間に飛び込んできたのは佳波 まどかだった。
 彼女は左手にバーナーをぶら下げている。料理の仕上げに使うアレだ。
「これで追い払えないかなあって」
 まどかが目の前に掲げてぼしゅっと青い火を出した。アヅキが頷く。
「燃やすのも定番よね。結構火を嫌がる怪物って多いし」
 出来上がるのはゾンビのクレームブリュレ風、もしくはソテーで外はサクッと中はジューシーか。飛び散らなそうなところがいい。
「追い払えれば良いですから……ちょっとリーチ、短いですけど」
「悪いことに、充分そうよ」
 まどかはエスカレーターの降り口に立つとバーナーを突き出した。ゾンビの手が炙られる。――と、ゾンビはひるむと言うより仰け反った。
 正確にはゾンビ自身でなく体幹を貫いているような葉がぐねぐねと波打ってゾンビというかぶり物を動かしているようだった。
「今だ……っ!」
 まどかは右手に抱えていたテーブルクロスを被せる。
「目隠し?」
「これなら飛び散りも押さえられるし、掃除もしやすくなるよ!」
 アヅキにまどかが応えると、彼女は一石三鳥だね、と微笑んだ。
 軽く弦を弾くようにしてクロスボウを連射すると、テーブルクロスに太い矢が突き立った。ひらひらと裾をはためかせながらそのままエスカレーターを転げ落ちていく。
 覗き込めば停止したエスカレーターの中程でハードルのようにつっかえていた。
 そこを更に乗り越えてくるゾンビがいるが、その度にまどかがバーナーで牽制しながらテーブルクロスをかけ、後方からの矢と銃弾が落としていく。
「よっし」
 まどかは心の中で拳を握った。シーツにくるまれているおかげで飛沫が殆ど飛び散っていない。
「これなら勝てるかも」

 ……が。
 ゾンビはあきらめない、くじけない。
 どれだけ倒されても、衝撃で転げ落ちたゾンビに時折巻き込まれても、それでもまだまだ湧いてきていた。
 一方でエスカレーター周辺にはさっきまで陽向が倒したゾンビの分の飛沫と悪臭の塊がその辺にびちゃびちゃと飛び散って人間の集中力を削ぐ。
 エスカレーターのステップにゾンビが挟まりながら積み上がっていく。
「まるでゾンビ工場のラインだな」
 陽向が魔力の使いすぎか、肩で息をしながら呟いた。ゾンビが主役のスポ根モノなら感動的なシーンなのだろうが。
 アヅキは気を緩めずに矢をつがえながら、
「いくらやってきたって同じよ。悪いけどこの先を行かせる訳にはいかないのよ」
「私、予備のテーブルクロス持ってくるね!」
 まどかがその場をアヅキたちに任せレストランに駆け込んだ。
 棚から畳まれたテーブルクロスの束を取り出したとき、どこかから小さなあくびが聞こえてきた。
「ふわあ……」
 料理を終えて仮眠をとっていたミーティア・アルビレオが、壁際のソファ席から小柄な体をむっくり起こす。
 その寝ぼけ眼にまどかは慌てて危険を報せる。
「あ、ミーティアちゃん、ゾンビが出たんだよ!」
「ふぇ……?」
 窓の外を見る。何だか陽向や召喚者が武器を構えて戦っているように見えた。あと、ちらっとエレベーターから裸の腐った人間っぽいのが見えたような気もした……のだが、突拍子もない状況はにわかには信じがたい。
「ゾンビ~? まさかそんなぁ……」
 料理を作るという一仕事を終え、すっかり休憩モードだったミーティアは笑う。
「本当だよ! 私先に行ってるね、気を付けて!」
 まどかは急いでレストランを出て行った。
 嘘をついているようには見えないし、そういうタイプの子でもない。
 まさかと思いながらミーティアが後を追うと、
「そんな夢じゃあるまいしぃ……ゾンビなんているわけがぁ……」
 後を追って、レストランを出る。
 ……ゾンビだ。倒れてるし、エスカレーターから這い上がってきてるし、撃たれてる。
 ミーティアは何度も瞬きをすると、目を丸くして叫んだ。
「いるぅ~!?」
 皆が振り返った。まどかが叫ぶ。
「ミーティアちゃん、ドア、ドア閉めて!」
 まだ彼我の距離はあるが、立ちこめた悪臭が何よりの説得力だ。
 急いでドアを閉めると、キョロキョロ見回して事態を把握する。
 何故ゾンビ何かが出てきたのかは分からないが、主力がエスカレーターから投入されており、別部隊として数体のゾンビが通路の向こう側――階段方向からも登ってくるのが見えた。
(このままだとぉ……せっかくの会談がぁ、台無しになっちゃうし……ここはぁ、お姉さんが一肌脱ぐしかぁ、ないねぇ)
 事態を把握すれば決意は早い。
 休憩用のベンチを見付けて【空渡る透手】で持ち上げる。流石に重量があり、不安定だが頭上から放り投げるだけなら問題ない。
 のんびり歩くゾンビの上に浮かばせて投げつける。短い放物線を描いてベンチがゾンビを気色の悪い音を立てて押し潰した。ゾンビはまだ動こうとするが、四肢が潰れれば動きようがなく、抗うだけの力もないものはそのまま動きを止めた。
「えい、えい、えいぃ~」
 ミーティアは更に周辺のベンチや椅子を積み上げていく。その気になればここはレストラン街、椅子はいくらでもある。
「そのままバリケードにしてくれ」
「分かったよぉ。せっかくの料理だもん、台無しに……したくぅ、ないもんねぇ……なるべく触りたく……ないしぃ……」
 ミーティアは陽向に応えて更にエスカレーターの入り口と階段側の通路にベンチを積み上げた。
 この調子だとレストランは守り切れる、店の前の掃除くらいで済みそうだと全員が思ったとき――。
「これだ……これが……!」
 刀と銃を握りしめ、階段からやってくるゾンビと地道に戦っていた織主桐夏が拳をぷるぷる震わせたかと思うと、叫んだ。
「わっ、何ですかぁ~」
「ショッピングモール! ゾンビ! バリケード! クロスボウ! そして追い詰められてどこにでもあるような道具を工夫して倒す……定番だな!」
 定番だと仲間割れもあるがそれはあんまり期待したくない。全部まとめて解決するための会談なのだ。
 桐夏はにやりと笑った。
「ならば俺は攻めに行こう――ここで決めてやる」
 ちょっと待って、それ死亡フラグ――と、誰かが言ったかどうか。



合流と分離


 陸が声を張り上げる。
「移動を優先。フレンドリーファイアを避けるため、反撃、特に銃器の使用は可能な限り控えろ!」
 陸は原田に懐中電灯を押しつけると拳銃を構えた。
 原田が通路をくまなく照らしてエスカレーターを探していると、
「あ、あっちです!」
 白川町の少年が指さした。
 一同は迷わず移動を開始する。近くまで行けば上階からの光が位置を教えてくれるはずだ。
 陸はゲストを背中にして最後尾について後ろ向きに移動する。
(人間の何に反応しているのか、光か、音か、吐く息か……食べないなら何故襲う?)
 魔物に問いかけてもしょうがないことは分かっている。人間が家に入ってきた虫を叩き潰す程度のことなのかもしれない。
 ただゾンビの発生と行動原理は気になった。この前の研究所と違ってどう考えても普通のモールだし、皮膚にこびりついた衣服は従業員や客だ。
 暗闇から現れたゾンビは両足を一歩一歩進めた。前に掲げてバランスを取りながらといった風だが、突如として突進してくる。
 単純な動きは予測さえ出来れば回避は簡単だが、そうなれば後ろの客人に突っ込むことになる。
「……!」
 トリガーを連続して引く。
 胴体に穴を穿たれてゾンビは後退したが、すぐにボトボトと肉を落とし悪臭を振りまきながら近づいてくる。
(狙いが甘い。暗視スコープでも持ってくれば良かった……か)
 次々と襲ってくるゾンビに応戦する。彼らには痛みもない。パースナルスペースもなければ将棋倒しも気にしないでいいのだ。
 空中を掻く様はさながら操り人形のようだった。
 その時、懐中電灯の明かりがたまたま陸が頭をぶち抜いた一体を照らした。
 糸との代わりになって背筋を吊り上げているのは呪いでも魔力でも未知のウィルスでもなく、青々と茂るリュウノウヒゲにも似た細長い葉だった。折れかけた骨にも絡みつき崩れそうな四肢をかろうじて動かしているようにも見えた。
 寄生していると陸は直感した。ゾンビ――人間の死体ではなく植物が本体のように見えた。単体では動きが不自由なのか、ある程度のダメージを与えて肉体を歩行不可能にすれば良さそうだが……。
「無駄弾が増える……いっそ燃やしてしまえば……」
 彼の呟きを凪が察知して慌てて制止した。
「駄目駄目、火事になるって!」
「なら風を頼む」
「了解っ……」
 凪は全面に風を叩き付けるようにしてゾンビを押し返す。よろけさせることしかできないが、時間稼ぎになる。
 そして三階にさえ上がれば照明があり、召喚者たち含めて戦力でも人数でも分があった。
「見えてきました!」
 原田から更に懐中電灯を押しつけられた白川町の少年がエスカレーターを見付けて――いや、雨雲の切れ目から指す太陽のように、頭上から三階の光が降り注いでエスカレーターを照らしている――叫んだ。
「あそこまで行けばこっちのもんだ!」
 原田は勢いづいてエスカレーター正面に陣取るゾンビを撃ち、蹴飛ばしてエスカレーターを駆け上がった。
 道中ゾンビで埋まっているのを気にせず踏み越えた時、上からゾンビが転落してきた。慌てて身を屈めればすぐ頭上を通り過ぎていく。
 何とか降り口に足を踏み出すと、目と鼻の先を魔法の銃弾が通り過ぎていった。
「……!?」
 目を見開くと、魔法の銃弾が着弾したのはエスカレーターの向こう側だった。


「ご無事でしたか!」
 陽向がほっとしたように肩で息を吐いた。
 怪我をした脚を庇って座り込む原田と、続く町長たちを見て視線で避難誘導する。
「こちら、バリケードの後ろからレストランの中へ」
「ああ、分かっ……」
 が、彼は自身にへばりつく腐肉に周囲の難色を感じ取ったのか、ほっとして気付いたのか。
「ここで恩を売られるのは御免だからな。田中、佐藤、二人とも応戦しろ」
 川野町の三人は拳銃を構えた。光の当たる場所で見るとかなり口径が大きいのが分かる。
「そこの町長は駄目だ」
 後からエスカレーターを登ってきた伊集院が叱責する。
「来るんだ、隣の店なら汚してもいいだろう。……武田さんは補佐を、北条君はお湯を用意してくれ」
 白川町の三人は原田を連れ、隣の和食レストランへと入っていった。


                      *

 その頃、雨音たちは管理事務所まで人気の無い通路を小走りに向かった。バックヤードはほぼチェックしていないこともあって戦闘を覚悟していたが、ゾンビには出くわさない。
 運動不足の彼女には大変有り難かった。
(発生源まで遠いのかしら)
 一階にも出ていないならそれも合点がいく。
(これが映画なら油断できないとこだけど……)
 管理事務所に辿り着く。カードキーを使って事務所の中に入ると、立ったまま機械を操作し、モニターでモール内の照明を確認する。
「停電はなし。照明は、二階だけ付いてない。……え、これ、二階の照明が手動で切られてる……?」
 雨音は眉根を寄せた。
「まあこれは後回しね。みんな、手分けして監視カメラをチェックして。ゾンビの発生箇所を特定するわよ」
 指示を出して、彼女は館内放送の準備を始めた。



ゾンビと花


 その頃、レストラン前では桐夏が一人その場からの離脱を宣言したところだった。
「防衛も悪くないが、いずれジリ貧になるかもしれん。そうなる前にゾンビの発生場所をなんとかしてくる。
 ……心配すんな、こんなところにいられるか! とか、死亡フラグは立ててないからな」
「いや単独行動する時点で立ってない?」
 凪が遠慮がちに言ったが、陽向は真正面から尋ねた。
「一人でか?」
「ん? そのつもりだが別に拘ってるわけじゃないぜ」
「なら、僕も行こう。複数人で行った方が死角も減る。それで発生場所に心当たりがあるのか?」
「ああ、クソ映画的に考えれば大体が地下に怪しい研究施設的なのがあってそこからバイオハザードってのがテンプレだ」
「確かに地下駐車場や設備はあったはずだが、他に根拠は……」
「地下じゃなくても、それっぽい場所があるはずだ」
 言うなり桐夏は椅子バリケードの反対側の通路を走り出していた。
 こちらはまだゾンビの姿がない。地下までスムーズに行けるはずだ。
 できるだけエスカレーターから離れた階段を降りる。二階は暗かったが、階段自体は広さの関係で非常灯の明かりが反射してうっすら明るい。
「一階は照明が付いてるのか……」
 更に降りようとしたとき、頭上から軽やかな音楽が流れて、続いて雨音の声がした。
『そこの主人公君、止まりなさい』
「ん? 俺のことか?」
 館内放送で名指しされた桐夏は、言われた通り立ち止まった。
『織主さんと長谷川、二人ともね。……えっと、監視カメラで見たところ、一階と地下にはゾンビがいないのよ。三階に発生してるのも、二階から流れ込んだものだけよ』
「……つまり発生源は二階、ということか」
 相手には聞こえないのを承知で陽向が答える。
『監視カメラで確認するから。広いから無駄に動かない方がいいわよ。時間がかかるし疲れるじゃない。……今二階の照明をつけるわ。端から順にするけど注意して』
 眩しさに目がくらまないようにという配慮だろう。
 そのまま待っていると、二階のフロアの天井に徐々に照明がつき、少しずつ明るさを取り戻していく。
 やがて二階フロア全てが昼の明るさを取り戻した。
『ちょっと待ってて……いいわ、監視カメラも見えるようになったし、誘導する。そこの通路を出て左に真っ直ぐいけばゾンビがいないわ』
 二人は再び走り出す。
『多分原因は……そこの広場右手の「グリーンロード」に入ってすぐの花屋ね』


 モスグリーンの看板がおしゃれなフラワーショップの正面には、大小の鉢が飾られていたが、今やその半数がなぎ倒されて無残にも床に転がっていた。
 会計カウンターの側を通り抜けると、横で熱帯性らしい大きな葉がパタンと閉じた。
 奥の作業スペースに足を踏み入れたとき、陽向は違和感に気付く。
「……寒いな」
「どうした、怖じ気付いたのか」
 軽口を叩いた桐夏だが、確かに強い冷気が漂ってきていた。それに部屋は薄暗い。
 二人はもう一歩踏み込んだ。目に飛び込んでくるのは銀色の大きな扉――生花用らしき巨大な冷蔵庫が開きっぱなしになっていた。
 冷蔵庫手前には大人が倒れている。全身に小さな赤い花を咲かせて。
 それは腰から吊り上げられるように不自然な姿勢でがくがくと体を揺さぶる。
 ……と、呼応するように物陰から数体のゾンビが現れた。
「やっぱ寄生されてるか……あの花が親玉ってわけだ。これが異世界の生命体ならSFかホラーだな!」
 桐夏は【ゆきひら【魔兵装・刀】】を握りしめ、花のゾンビからびゅるんっと伸ばされた触手――のように縒り合わされた葉を断ち切った。
 見れば部屋中が緑色に覆われ、それが照明も半分ほど隠していた。
 桐夏は【ドルヒシュテヒュン【魔兵装・銃)】】で手近なゾンビをヘッドショットしたが、頸部からまだ葉っぱがイソギンチャクのように揺らして襲いかかってくる。
 陽向は右手の魔法銃でそれを屠り、
「植物系の魔物か……パンデミックの影響で魔物化したのだろう」
 赤い花のゾンビが一層ガクガクと体を揺さぶると、ばふっという音と共に全ての花から花粉をまき散らした――というのは、見えるほどの濃度だからだ。
「遮蔽物を作る」
 咄嗟に陽向が左手から鉱物製の盾を生み出して二人の頭上に掲げる。黄色い粉が周囲に舞い散る。二人は袖で口元を覆った。
「ぶはっ……何だこれ」
 桐夏が薄く目を開けた。盾に服に粉雪のような花粉が薄く積もっているのだが、僅かに肌に触れたところが拒否反応を起こすようにピリピリし始めた。
 吸ったらヤバい、と本能が感じた。おそらくだが、死なせた生命体に受粉して寄生するのだ。そして寄生した死体を操って移動すると同時に苗床にし開花。それを繰り返して徐々に広がっていくのだろう。
 花のゾンビがもう一度大きく呼吸するように体を縮こめる。
「させねえっ!」
 桐夏はいち早くゆきひらで花のゾンビに向かったが、他のゾンビがそれを阻もうとする。
 【ゆきひら【魔兵装・刀】】でゾンビを次々切り裂くが間に合わない。
 陽向は周囲を見ると、咄嗟に壁際の蛇口を掴んだ。瞬間接続されていたホースがのたうち、流れ込んだ水が勢いよく天井に吹き上がる。
 ばしゃっと空中に向けて巻かれた花粉が水にくっついた。水そのものと湿気に捕まった花粉は床に落ちる。
「陸が花粉症だからな。水でアレルゲンは破裂するらしいが……」
 しかし水は同時に意外な効果があった。雨が降らないせいか、ゾンビたちが一斉に気を取られて天井を見上げたのだ。
 桐夏はその隙を見逃さなかった。
「さぁ、異世界チート無双タイムだ!」
 桐夏の左目、【魔眼『K・C・E』】(クソ・クリエイト・アイ)が輝いた。【【魔眼】ファントム・シャーク】で呼び出した幻影のホオジロザメを【【魔眼】ファントム・シャーク・トゥルーライズ】で実体化させる。
 実体化させたホオジロザメが雨の中を泳ぐように、ゾンビをなぎ払っていく。狭い部屋の中風を巻き起こし、小さな鮫の竜巻となって、遂に花のゾンビ本体へと食らいついた。
 ――きっちり三十秒後。その場にはもう人間しか立っていなかった。



第一回町長会議


 ――それから。
 一同は傷の手当てやゲストがシャワーを浴びる手配を済ませ、送り出した。
 温かいお湯で汚れを洗い流せば、すっきりして気分も爽快。
 清潔なタオルに着替え、おまけによく冷えたフルーツミルクとコーヒー牛乳まで用意してある。
 凪の目論見通り、疲労と緊張から解放された町長二人からはギスギスした空気が消えていた。
 小川町の生徒会はその間に急いで掃除を済ませた。
 レストランの入り口は死守されたし、まどかの機転で多くのゾンビを布に包んだまま処理できたため全員ゆっくりシャワーに入る余裕もできた。
 桐夏などはスーツに着替え髪に櫛を通し、別人のようにピシッと決めている。
「律儀ねー。ここは代表やってもらった方がいいんじゃない?」
 雨音が鍋をかき混ぜながら、あくびをかみ殺した。管理事務所に行っただけでもう充分働いたつもりだったのに、“汚れていない組”として先に仕事を再開させられていたからだ。
「雨音もちゃんと覚えておいてね、後で決まったことまとめるから」
「はぁい」
 凪に釘を刺され、書記としての仕事を思い出す。
「それで準備は?」
「今最後の仕上げしてるところ。あと数分かかるわ」
 話し合う彼女たちの前をトレイを持ったまどかが通り過ぎていく。
「食前にお茶をどうぞ」
 スープと食事を温め、盛り付けている間、まどかは大きなテーブルの中央にお茶を持って行った。
 ガラスポットの中に透明感のある茶色の液体が満ちており、その中できつく閉じた小さな球体がゆっくり開きゆらゆらと細長い葉を揺らす。その葉に隠れていた黄色い花がふわっと咲いてポットを彩った。ミモザの花飾りのような雰囲気のあるお茶だ。
 町長たちがしばし色々なことを忘れて見入っている間に、食事が全てトレイに乗った。
「さあ持って行くわよ、ほら凪たちは席に着いて」
 雨音は凪と陽向を送り出し、他の生徒たちに配膳を任せる。


 店内では、四角いテーブルを並べて町長たちと特異者の全員が着席できるようにしてあった。
 温かい食事が運ばれてくると、そこかしこでほっとした息が漏れた。
 離れて置いた配膳用テーブルには、おひつに入った銀シャリと大鍋のポトフ。
 食事用テーブルの中央には大皿に山のように盛った練乳唐揚げ、カットしたピザ各種、じゃがバター、チーズや野菜サラダなどなど。
「取り分けるよ。苦手なものがあったら言ってね」
 まどかがお玉でスープボウルにポトフを注ぐ。取り分けて食べるよう提案したのはまどかだった。
「毒は入ってないアピールか」
 原田が憎まれ口を叩くが本気ではないようだ。傷口に包帯を巻いているが大したこともなく済み、気にしている様子もない。
「うん、変なものは入ってないよ。料理はみんなの故郷のものなんだけど、世界も結構似た感じだし、味覚も近いんだ」
 そんな種族もいるのかもしれないが、小川町には突飛なものが主食なヒューマノイドはいない。
 まどかが取り分けていると、あれもこれもと召喚者たちが解説という名のアピールを始める。
「小川町の食材を使用したポトフだ。普段の仕事で疲れた胃にも優しい味だ。こっちはじゃがバター。シンプルにして至高のじゃがいも料理だ。ん、炭水化物が多いって? そんなの関係ねえ」
「唐揚げと練乳のマリアージュよ」
「デザート、持ってぇ、来ましたよぉ~」
 タイミングを遅らせて、ミーティアが運んできたのは更に故郷のナン風のパンと小川町特製アイスクリーム添えベリーソースかけを持ってくる。
 暖かいナンの上でとろけるバニラアイスクリームにベリーのジャムがかかり、流れ、混ざり合っていくのは視覚に非常に訴えかけた。
「乳製品が多いんだな」
 伊集院の指摘に凪が応える。
「牧場に行って牛を連れてきました。乳製品の製造が多少可能になりましたが、牧畜の知識が無いので量産というわけには……」
「人手が足りないなら共同で管理するべきだ。死なせてはもったいない」
 伊集院がチーズを飲み込んで提案した。
「獣医の知識は無いが少しは役に立つだろう。米と野菜も安定的に供給されているようだが?」
「米や野菜より肉だろ。へえ、鶏も育ててんのか……どこの世界にも鶏はいるんだな」
 最初はおっかなびっくりだったゲストも、やがて疲れと空腹には勝てないのかしばし食事にがっついた。
「はい、長谷川君もどうぞ」
 アヅキが、テーブルに気を配るばかりで食が進まない陽向のお皿に食事を取り分ける。
「私の練乳唐揚げも食べてね、ささ」
「女の子に取り分けさせるというのは偉そうでどうも……」
 ちょっと唸ってから、親切に甘えることにした。失礼にならないようゆっくりとみんなの料理を味わう。
「……うん、美味いな」
「生きてるっていいよね」
「……そうだな」
 死んでしまっては元も子もない、こうやって命を戴いて必死に生き延びてきた。
 死んでゾンビにされるなんて嫌だ。廃墟にうち捨てられる死に様も。全ての人間が人らしく死ねるために。
 そうするためにも彼は生きている。


 やがてデザートまで大方食べ終えた頃、ひたすらもぐもぐしていては会話にならないことにようやく気付いたのか、誰からともなく各々が町の状況について語り始めた。
「……白川町には特別な産業はない。住民は低年齢層が中心だ」
「だから戦いも苦手って訳か」
 原田の視線に伊集院は敏感に反応する。
 確かに、陸が町に行ったとき、バリケードが頑丈で最もガードが堅い割に武器が貧弱だったな。住民も子どもばかりだった。
「代わりに病院がある。医学部生に看護師がいる。そこの武田さんも看護学生だ」
 伊集院が連れてきた年長の女性が頭を軽く下げた。
「今のところ、この辺りでは最先端の医療を提供できる。十分ではないが最善と言えるだろう」
「ならこっちは工業製品か。機械が残ってるぜ」
 原田が言葉を継いだ。
「武器も色々ある、ライフルにショットガンに……部品の製造に工業製品の修理なんかもな」
「……となると。私たちは農業かな、陽向?」
「ああ? 武力があるだろ? そこの召喚者とか」
「召喚者の皆さんが全員戦いに向いている訳ではないですし……」
 陽向は話を若干曖昧にごまかした。向いていなくてもしたくなくても、できない、とは言っていない。事実であるし。
「好意で協力してくれているので、小川町に雇われている訳ではないんですよ。
 ……とにかく、それぞれ得意な分野が違い、必要な物資も違うと思います。今日は緊急に必要な物資の分配と、今後必要とされる物資の洗い出しを――」
 ホームセンターからもらってきたメモパッドを雨音が横から差し出した。
「では、次回までに必要な物資をざっくりとでいいので申請、分配。その前に一度全員で在庫のチェックを……棚卸し兼モンスターの確認、破損箇所などがあれば危険の排除ですね」
 陽向は手渡された紙に書きながらサクサク決めていく。


                      *


 会談が無事終了した。
 怪我をさせた手前もあり、陸たち武装した生徒はそれぞれの町まで送っていくことになった。
 町長たちをモールから見送ると、小川町の面々は今度こそ心底から息をついた。
「まあうまくいったのかな」
 町長たちは何か隠し事をしていると何となく思ったが、凪は「確証がないからね」と言った。無理に聞き出したり証拠を突きつけてもこじれるだけだと判断したようだ。
「ま、これで一安心だね。訳が分からない相手じゃあなくなったってことだ。最初に出会ったときの小川町と召喚者みたいに、ね」



それからの小川町


 軒先からしたたり落ちる雨が水たまりに落ちる。
 水たまりにゆっくり広がった波紋に朝日が映り込んだ。
「ふわああ……」
 自宅を出た雨音は、大あくびをして目元をこすりながら空を見上げた。
 昨夜あれだけ降っていた雨も止み、漂う塵が洗い流されたのか空気が美味しく感じられる。
 商店街の店も営業が増えて少し賑わうようになり、町の入り口を守る陸に挨拶する警備と生徒たちの姿が見える。
「出かけるのか」
「白川町の伊集院病院に救命講習を受けに行くんです」
「了解した。道中気を付けろ」
 短く答えて即席の門を開ける陸に雨音は手を振る。
「……加賀、行こうよ」
「ああ」
 ここは頼むと同僚に伝え、陸も並んで商店街を中学校に向けて歩く。
 校庭は今や農場の様相を呈していた。稲穂の鮮やかな緑が眼に眩しい。
 牛や羊がのんびりと草を食んでいるのを眺め、耳にかしましい鶏の鳴き声を聞きながら上履きに履き替える。
 昇降口には新しい農機具が積まれて、使われる日を待っていた。
 ――会談から数日が過ぎたある日。
 小川町は今まで通りの生活から、他の町を意識した暮らしへと徐々にシフトしようとしていた。交流や交易は相互に、良い面でも悪い面でも作用していたのだが、これはこれからの課題だ。
 多目的室に辿り着くと、凪と陽向が机を並べ終えたところだった。
「おはよう。斎藤はまだ眠そうだな」
「んー、昨日頑張ったから大目に見てよ……」
 雨音はリュックサックからガーランドや紙の花を取り出して壁にデコレーションしていく。

 やがて室内が整い、陽向が出て行き、学校の時計が始業の鐘を鳴らすと同時に召喚者たちが入ってくる。
「先日はお疲れ様でした。今日はささやかですが会談の一応の成功を祝って――」
 陽向の挨拶を凪が横からぶんどって、世話を焼き始める。
「固いのはなしなし。ほら、ジュースにお茶、ポテトチップスにお菓子色々あるよ。あと海亀公園米のおにぎりと……あ、枕もあっちに用意してあるよ」
「DVD上映会もある。『アローン・イン・ザ・ゾンビ』、『サメサメパニック』。モールのレンタルビデオ店が利用できるようになったから、な」
 陸が台に乗ったテレビの前でリモコンを印籠のように見せつける。
 雨音がそれらに苦笑しながら、
「んー、これで私たちも少しずつ自立……できそうね。みんながいずれ故郷に安心して帰れるように。あーでも、その時は私たちからも異世界へ行けるようになるかしら」
「そうなれば技術研修にでも行きたいところだが……全員が希望すれば、本当に移民になってしまうのかもしれない……まだ不便な部分も多いからな」
 陽向は顔を見合わせてから、眼鏡のブリッジをくいと指で上げた。
「だが……そうならないよう、少しずつでも良くしてみせよう」
 その横顔は一年前よりは少しは逞しくなったように見えた。雨音は少し嬉しそうに苦笑し、
「格好付けなくてもねぇ……ん、まあ、そんな感じで」
「そう、そんな感じで……」
 陽向も柔らかく苦笑してから自信に満ちた表情で。
「……いつか、文明を取り戻そう」
 そう、宣言したのだった。





 五年後。
 ららモール瀬織に、瀬織市役所がオープンした。
 それからずっと、市長室の戸棚には海亀公園製の玄米茶が常備されている。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<マスターコメント>

 有沢です。
 最終回だというのに遅延をしてしまいまして申し訳ありません。

 全八回、小川町の話にお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
 無事にお話に一区切りつけることができまして、ほっとしています。
 召喚者さんたちの今後、元の世界への帰還などにつきましては運営の沢樹さんのシナリオになりますので、帰還しても留まっても、その後交流があってもなくても……という感じで、今回は区切らせていただきました。

 小川町の話は、文明が失われた世界で、技術は残ってるけど人には受け継がれていない文明を、知識を少しずつ自分たちのものにして再興していくという点を意識していました。
 彼らが生徒会を作ったのは作中でも触れましたが、それしか組織の作り方を知らないのと、技術の継承、それから自分の文明と過去を忘れ去る(失う)のが怖かったからですね。
 文明の発展は、具体的には「Civilization5」というストラテジーゲームの技術ツリーを参考にしていました。
 それから、町のバリケードや移動中の風景、廃墟などは核戦争後の世界を描いた「Fallout」シリーズですね。
 元々生き延びるだけで厳しい世界のためシナリオの雰囲気はそこまで暗くしないでいようと思いましたが、関わっていただいたおかげで最終的には予想よりも明るく希望の持てる未来になりました。
 ありがとうございました。

 最後になりますが、『Lost Old』ではお別れとなりますが、マスターとしては『三千界のアバター』等にも登録させていただいています。
 もしどこかでご縁がありましたら宜しくお願いいたします。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<定員> なし
<アクション受付> 6月21日23時~
<参加締め切り> 6月25日12時
<アクション締め切り> 6月25日23時
<リアクション公開予定日> 7月9日
<リアクション公開日> 7月10日 

<参加者>
ミーティア・アルビレオ
織主桐夏
佳波 まどか
アヅキ・バル

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