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【キャンペーンシナリオ】アルタン戦記 その2 ~難航~

アルタン戦記 その2 ~難航~


マスター:神明寺一総




 
 タチアナ・ユロフスキーは、食堂に向かっていた。
 織主桐夏から貸して欲しいと頼まれた教本を探すのに予想以上にて間取り、小腹が空いてしまったのだ。いつも通りなら、夕飯のカレーがまだ残っているはずである。

(あれ?明かりが……?)

 食堂のドアの隙間から、弱い明かりが漏れている。今この船は節電中だから、人がいない部屋は全て明かりを消す事になっている。つまり、誰かいるのだ。そしてその人物は恐らく、カレーを食べているに違いない。

(うわ!カレー残ってるといいけど……)

 自然とタチアナの歩く速度が早くなる。最後の数歩は小走りになって、食堂のドアを開けた。

 テーブルの上に、食べかけのカレーが一人分置かれている。まだ手を付けたばかりという様子だ。

(1人だけか、それならまだきっと――)

 食べかけのカレーを横目に見ながら、テーブルの角を曲がって厨房へと急ぐ。不意にその足が何かにあたり、彼女は大きく前につんのめった。とっさにテーブルを掴んで身体を支える。

(一体ナニよ、こんな所に――)

 と言いかけ、彼女は大きくを息を呑んだ。
 目の前の床に、人が倒れているのだ。

「……アレクセイ?ちょっと大丈夫、アレクセイ!?」

 倒れていたのはアレクセイ・アシモフだった。咄嗟に駆け寄り彼を抱き起こそうとするタチアナ。しかしその手に『ねっとり』とした感触が広がる。タチアナは、その感触に覚えがあった――血だ。手のひら全体に、血がべっとりとついている。見ればアレクセイの口から上半身にかけてが、ドス黒い血に染まっていた。

「アレクセイ!しっかりしてアレクセイ!?」

 タチアナの呼びかけにも、アレクセイは全く反応を示さない。返ってくるのは、弱々しい呼吸の音だけだ。タチアナはアレクセイの身体をそっと横たえると、壁のインターホンをひったくり、叫んだ。

「誰か!誰か来て!アレクセイが、アレクセイが血を吐いて――!早く、アレクセイが死んじゃう!!



「――容態はどうです?」
「思わしくない」

 伊丹満貞に訊ねられたレヴィス・マレスティウスは、厳しい顔で言った。彼の視線の先のベッドでは、青白い顔をしたアレクセイが横になっている。エルフであるレヴィスは、その長い人生の中で医師としての経験も積んでいた。専門家ではないが、薬草医として一通りの事は出来る。

「どうやら胃から出血したようだ。だいぶ大量に吐血したようだし、このまま出血が止まらないと危険かもしれない――脈も弱い」
「彼は確か胃を病んでいましたね……胃潰瘍ですか?」
「正確な事はわからない。神楽岡 航君の持ってきた薬の中に胃潰瘍の薬があったので、投与してみたが……。元々胃が弱っていた所にカレーのような刺激物を食べたのが原因かもしれないし、毒を盛られた可能性もある。」
「毒を盛られたんですか?」
「あくまで可能性の問題だ。まだ何も調べてはいないからな。ま、調べた所で、化学的に生成された薬品が原因だったら、詳しい事はわからんだろう。私はそっちの知識はさっぱりでな」
「近代的な科学や医学に精通した人物がいないのは痛いな……。しかし、仮に毒だったとして、一体誰が、なんのために?」
「さぁな。今回の作戦に反対する者の犯行か、あるいは怨恨か……」
「作戦に反対する者?人殺しをしてまで作戦を止めたいと思う者なんていますかね?そんなに計画に不満があるなら、出港前にもっと強行に反対するでしょう。でも、そんな人間はいなかった」
「仮定の話だよ。正直私には見当もつかん」

 レヴィスはそう言って肩を竦めた。

「しかし参ったなぁ……。船長ナシで船を動かせるかどうかを考えただけでも頭が痛いのに、その上さらに殺人未遂の捜査までしないといけないとは」

 うんざりだ、という顔で伊丹が言った。

「わかっているとは思うが、捜査をするなら慎重にな。船員同士の疑心暗鬼を招くような事態は避けたい」
「それでなくてもウチは寄り合い所帯ですからね」

 思い立ったように、伊丹は立ち上がった。

「さて、そろそろ行きます。やる事が山積みなので――アレクセイの容態は、マメに報告して下さい」
「心得た。キミも大変だな」
「ま、大変なのは覚悟の上ですがね――。今はこれ以上厄介事が増えないのを祈るのみです」

 そう言って、足早に医務室を出ていく伊丹。
 しかしそんな彼の願いは、早々に打ち砕かれる事になる。



「……え?嵐が来る?」

 スタルカ号の甲板上で、伊丹は素っ頓狂な声を上げた。
 彼の頭上には、満天の星空が広がっている。

「これ、見てください」

 伊丹はオリガ・ユロフスキーから渡された双眼鏡で、彼女の指差す方を見た。レンズの向こうの空には一面の黒雲が広がっている。

「そんな……過去20年分のデータには全部目を通したんだ!この時期に嵐なんて一度も来たことはないぞ!」

 伊丹は悲壮な声を上げた。

「この距離だと、あと半日もすれば暴風圏内に入ります」
「なんとしても回避するんだ。アレクセイがいない今、嵐に突っ込むのは避けたい」
「難しいとは思いますが……出来る限りの事はします」

 応えたオリガの顔にも悲壮感がありありと浮かんでいる。

「頼むよ」

 伊丹はオリガに双眼鏡を返すと、厳しい顔でその場を立ち去った。


 未だ目的地の影さえ見えぬ間に、『アルタン大陸東部進出作戦』は早くも危機を迎えていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<マスターコメント>

★注意!★

 このシナリオは『アルタン戦役』というキャンペーンの第3回目になります。これまで一度もキャンペーンに参加していない方でも問題なく参加出来ますが、過去2回の話は読んでおくのを推奨します。


★前回までのあらすじ

 逼迫する物資事情を解決するため、アルタン大陸東部(ア東)に進出することになった召喚者達。伊丹率いる先遣隊は、ア東から救助要請のためにやってきた貨客船スタルカ号の乗組員をメンバーに加え、一路ア東の港湾都市リガティアを目指した。


★アクションについて

 シナリオの舞台は前回から引き続き、リガティアへと向かう航海の途上にあるスタルカ号。
 しかしスタルカ号の行く手には嵐が迫っており、しかも充分な操船技術を持つ唯一の人物だった船長のアレクセイ・アシモフは、吐血して倒れてしまいました。
 プレイヤーは嵐に対処しつつ、何故アレクセイは倒れたのか、その真相を探らねばなりません。


 アクションとしては最低限、

①何をするのか(極力具体的に)
②何処でするのか
③何故それをするのか(行動の意図・狙い)

 最低でも、以上3点を記載して下さい。

 その他、もしいれば

④一緒に行動したいPC・NPCの名前

 も書いておくといいでしょう。




★登場NPC

本シナリオには公式NPC以外に、以下のオリジナルNPCが登場します。

 伊丹 満貞
 レヴィス・マレスティウス

①アレクセイ・アシモフ
②オリガ・ユロフスキー
③タチアナ・ユロフスキー
④マリア・ユロフスキー
⑤アナトーリ・ハバロフ

 伊丹とレヴィスについては【NPC】の項目を参照して下さい。
 アレクセイ以下の①~⑤については、下記を参照して下さい。


①アレクセイ・アシモフ 人間 男 20歳
 リガティア沿岸警備隊の隊員。階級は軍曹。
 船員の中で正規の軍人としての訓練を受けた、ただ一人の人物。
 船を操ったり海図を読んだりといった航海に関する知識を有するただ一人の人物であり、そのため船長を務めている。
 優秀で決断力もあるが生来の心配性であり、そのため船長の職を負担に感じ、ストレスから胃を病んでいた。夜食にカレーを食べた直後に大量に吐血し、意識不明の重体に陥った。


 以下2~4は姉妹。いずれ劣らぬ美形。

②オリガ・ユロフスキー 人間 女 18歳
 整備士。整備士として正規の訓練を受けている。
 船の整備の他、無線を扱ったり計器を読む事も出来るため、アレクセイのサポートを行う事も多い。
 長女という事もあり、責任感が強く面倒見が良い。几帳面な性格。
 アレクセイがいない中、船の舵を取らざるを得なくなる。


③タチアナ・ユロフスキー 人間 女 17歳
 副整備士。正規の訓練を受けておらず、オリガの指導を受け技術を習得した。しかし実際に行えるのは点検と簡単なメンテナンス程度で、修理は姉に任さざるを得ない。
 やや勝ち気な性格で、男勝りな言動もしばしば。姉やアレクセイを気遣うあまり、背伸びする傾向がある。
 アレクセイが倒れてからすっかり寡黙になり、何事か酷く思いつめている様子である。


④マリア・ユロフスキー 人間 女 14歳
 食事の用意から洗濯まで、船内の雑用一切を一手に引き受けている。
 健気な頑張り屋。実は3姉妹の中で一番合理的。
 自分が作ったカレーを食べたせいでアレクセイが倒れたと思い、ふさぎ込んでいる。


⑤アナトーリ・ハバロフ 人間 男 13歳
 リガティアから車で数日の距離にある小さな漁村出身。
 出港していくスタルカ号を見て、父の遺品である小さな漁船で追いかけたもののエンジンの故障により漂流。アレクセイ達に助けられる。
 普段はマリアの仕事を手伝っているが、船長の仕事に興味があるらしく、たびたびアレクセイを質問攻めにしては3姉妹にたしなめられている。ちょうどアレクセイが倒れた直後に、船体下部へと向かう姿を目撃されたのを最後に、姿を見た者はいない。



★スタルカ号

 全長約130メートル。総トン数・総積貨数共に約7000トンの中型貨客船。艦齢約20年。古びてはいるが、充分航海に耐えうる状態である。
 貨客船であるため、一等・二等船室や各種娯楽設備なども備える。
 出港直後に機関が不調に陥って全速が出せなくなり、航海期間が延長。漫月出港時には充分な量の物資を積んでいたものの、不測の事態に備え、燃料節約のため節電を実施している。


<リアクション>


「オリガ、ちょっと良いか」

 不意に名前を呼ばれ、オリガ・ユロフスキーは顔を上げた。

刀神 大和さん……?どうしたんですか?」
「オリガ、やっぱり舵を取るつもりなのか?」

 刀神はオリガの質問には応えず、逆に質問で返す。
 オリガの前のテーブルには、海図が広げられていた。オリガは先程から一人でこの海図と睨みあっていたのだ。 

「他に、舵を取れる人がいませんから。自信がある訳じゃないですが、仕方ありません」
「それなら、俺に任せてくれないか?」
「あなたに?」

 意外な申し出に、驚くオリガ。

「ああ。俺がアレクセイから操船を習ってたの、お前も知ってるだろ?」
「でも刀神さん、まだ習い始めたばかりでしょう?」
「それでも、舵を取るくらいは出来る。オリガには、機関を見てもらいたいんだ。タチアナだけじゃ、何かあった時不安だ」
「それはそうですが……。でも、海図は読めるんですか?海流や海底の地形、それに雨雲の動きまで予測して、針路を選ばないといけないんですよ?」
「そ、それは――」

 痛い所を突かれ、言葉に詰まる刀神。
 実のところ、その辺りはサッパリ自信がない。

「その点なら、心配いらんよ」

 突然の声に、二人はブリッジの入り口を振り返った。
 両手に本やら地図やら山程抱えた初老の男性が、よたよたと中に入ってくる。

「どうした、ドクター・D。その荷物は」
「どっこいせ……っと。その点なら、心配いらん」

 抱えた荷物をさも難儀そうにテーブルに置くと、ドクターは二人に言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返した。

「いたたた……。自分の部屋からここまで来るだけでも大騒ぎだ。まったくもって、歳は取りたくないものだな」

 激しい腰痛に顔をしかめながら、これまた大仰に椅子に座るドクター。昨日ついムリをして、持病の腰痛を悪化させてしまったのだ。まさに『年寄りの冷や水』というヤツだ。

「どういう事ですか?」

 訳が分からない、というように、オリガが訊ねる。

「針路は、私が指示する。刀神君は、私の指示通りに舵を操るだけでいい」
「物知りなのは知ってたが、航海術にも詳しいのか」

 刀神も驚いた顔をしている。

「いやいや、航海術は門外漢だよ。だが私には……コレがある」

 ドクターが取り出したのは小型のドローンだった。

「ドローン?」
「ただのドローンではないぞ。機械工魔学に基づいて作られた軍用ドローン、小型無人偵察機『コンマス』だ」

 ドクターは誇らしげに言った。

「こいつには魔術的なセンサーを搭載してあってな。対となるタブレット型の情報端末――コレだ――に収集した情報を素早く表示出来る。こいつでリアルタイムに嵐の情報を集め、針路を指示するという訳だ」
「おお、コレなら俺でも大丈夫だ!な、オリガ、俺にやらせてくれ!」
「そうですね。そういう事でしたら……」
「よっしゃ!」
「よし、そうと決まれば早速準備をせねばな。見ていろ!この嵐、“俺”が必ず越えさせてみせる!」

 窓の外に広がる黒雲を指差し、ドクターはそう言い放った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「コンコン」

 控えめなノックの音に、タチアナ・ユロフスキーは顔を上げた。考え事をしながら、いつの間にか眠ってしまったらしい。慌てて鏡を覗くと、顔に涙の跡がくっきりと残っている。

「どうぞ」

 と返事をしながら、手早く顔を拭う。

「あのぉ、今ちょっと……良いかなぁ?」

 ドアの隙間から、少し遠慮がちに顔を出したのはミーティア・アルビレオだった。

「良いよ、入って」
「お邪魔しますねぇ」

 ミーティアはタチアナに促されるまま室内に入ると、タチアナの座るベッドの隣に腰を下ろした。

「ゴメンね、いきなり」
「ううん、大丈夫よ。それで、どうしたの?」
「うん。タチアナちゃん大丈夫かなぁって。なんだかすごく、落ち込んでるみたいに見えたから……」
「そんなコトないわよ。ちょっと、驚いただけ」
「そうだよねぇ。アレクセイくんが血を吐いて倒れてるの、見つけちゃったんだもんねぇ。ショックだよねぇ……」
「うん、まぁね……。でも、アタシが見つけなかったら、アレクセイがずっとあのまんまだったのかと思うとね。見つけてあげられて良かったなぁって」
「そうだよねぇ。早く見つけられて、良かったよねぇ」

 神妙な面持ちで、ウンウンと首を振るミーティア。

「……ゴメンね、心配掛けて」
「そんなコトないよぉ。私で良かったら、なんでも相談してねぇ。おねーさん、膝枕とかしてあげる?少し休めば、元気出るかもよぉ?」
「ううん、大丈夫よ♪」

 膝枕、という言葉が面白かったのか、タチアナの顔に笑みが浮かぶ。

「アタシより、マリアの方を心配してあげて。あの子、自分のカレーのせいでアレクセイが倒れたって、スゴい落ち込んでたから」
「そっかぁ……。ウン、わかったよぉ。でもホント、あまり思い詰めないでねぇ?」
「別に、思い詰めてるって訳じゃないのよ。ただ――」
「ただ?」
「伊丹さんが、『アレクセイ、ただの胃潰瘍じゃないかもしれない』って」

 タチアナの表情が、厳しい物に変わる。

「私も、そう思う。アレクセイ、『最近調子が良い』って言ってたもの。それが急にあんなコトになって……。何かあるよ、絶対」
「何かって、なぁにぃ?」
「毒を盛られたとか」
「アレクセイくんに毒を盛るような人に、心当たりあるのぉ?」
「それは……ないけど。でも、もし本当にそんなヤツがいるとしたら、アタシ、絶対に許さない」
「タチアナちゃん……」

 目の前にその犯人がいるかのように、虚空を睨むタチアナ。
 その様子に、ミーティアは危うい物を感じずにはいられなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「レヴィス、いるか!」
「ノックくらいしろ、伊丹。ここには患者がいるんだぞ」

 レヴィス・マレスティウスは、いきなり医務室に飛び込んできた伊丹 満貞を渋面で出迎えた。

「そんなことより喜べレヴィス、治癒魔法の使い手を連れてきた」
「 公 玲蘭です。アレクセイさんが倒れたって聞いて……」
「治癒魔法?」

 伊丹の後ろから現れた玲蘭に、レヴィスの顔がぱっと輝く。

「あの、ある程度の傷や病気しか治せないんですけど……」
「患者の状態が改善するのなら、なんでも構わん。早速試してみてくれないか」
「は、ハイ!」

 玲蘭は、レヴィスに促されるままアレクセイに歩み寄ると、テキパキと術式の準備を始めた。彼女の使う回気陣は、「陣」と言うだけあって、然るべき陣を描いた方が、なんの準備もなく使うより効果が高い。

「玲蘭さん、我々は隣にいる。何かあったら声を掛けてくれ――伊丹」
「あ、ああ、うん」

 伊丹を促し部屋を出ていくレヴィス。玲蘭に術に集中してもらうためだ。

「わかりました。お気遣いありがとうございます、レヴィスさん」

 二人静かに廊下に出ると、隣室に向かった。
 そこはレヴィスの私室である。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これで少しでも良くなってくれると良いがな……」
「そう願うよ」

 レヴィスと伊丹は椅子に深々と腰掛けると、ふぅと大きく息をついた。

「嵐に間に合うか?」
「それはどうだろうな。彼女は『ある程度の傷や病気』と言っていたが、解毒出来るとは言っていない。もし本当に毒を盛られていたら、完治は無理だ」

「本当に毒なんですか!?」

 いきなりドアが開いたかと思うと、アヅキ・バルが血相変えて部屋に入って来た。

 誰が見ても、明らかに怒っている。

「キミは――」
「アヅキ・バルです。厨房係をしてます、マリアちゃんと一緒に。レヴィスさんですね。あなたに聞きたい事があります!」

 顔を紅潮させて、レヴィスに詰め寄るアヅキ。今にも食ってかからんばかりの勢いだ。

「――何かな?」

 まるで火の玉のような勢いのアヅキに、レヴィスは淡々と応じる。

「レヴィスさん。アレクセイさんが毒を盛られたっていう話、根拠はあるんですか?」
「毒?」
「あなたが言ったんですよね、毒を盛られたって」
「私は毒を盛られたと断定した事はない。あくまで可能性を指摘しただけだ」
「どっちでも良いですけど!――それで、根拠はあるんですか無いんですか?聞けば貴方には毒物の知識もなければ、検査もしてないそうじゃないですか?」

 落ち着き払ったレヴィスの受け答えに神経を逆撫でされたのか、徐々にアヅキの語気が荒くなっていく。

「それなのに毒物の可能性に言及できるような人は、アレクセイさんが毒を盛られるような事情を知ってる人物か、さもなければ犯人か――ともかく、そう思った根拠をお聞かせ下さい。このままでは私たちはお互いに疑心暗鬼になってしまいかねません。それとも貴方は何の根拠もなく悪戯に、混乱と不信をまき散らすような無責任な方なのですか?」

 そう一気にまくし立てると、アヅキはキッとレヴィスを睨みつけた。
 レヴィスは、その視線を静かに受け止める。

「根拠はある」

 レヴィスは一つ大きなため息を吐くと、おもむろに立ち上がった。書棚に手を伸ばすと、書類の入ったファイルを取り出し、アヅキに差し出す。ファイルの表紙には『アレクセイ・アシモフ』とある。

「彼のカルテだ。彼は毎日、診察を受けに来ていた」

 レヴィスに促されるまま、ページを捲るアヅキ。
 彼が書いたのだろう、カルテは流麗なエルフ文字で埋め尽くされていた。

「問診と触診、それに投薬――薬草治療だが。快癒した訳ではないが、確かに彼は回復に向かっていた。それがわずか一日で、あれほど胃潰瘍が悪化するとは考えられない」

 アヅキはカルテを読み終えると、レヴィスの顔を見た。
 その目に、明らかな悔悟の色が浮かんでいる。

「わかってもらえたようだね」
「ゴメンナサイ、あの、私――」
「マリアちゃんが落ち込んでいるのを見て、居ても立っても居られなかった。そうだね?」

 アヅキの言葉を、伊丹が遮った。
 アヅキは黙って頷く。
 マリア・ユロフスキーとアヅキは、同じ厨房係として行動を共にする事が多い。アヅキが幼いマリアを気にかけるのも無理からぬ事だった。

「彼女への聴取は僕なりに気を使ったつもりだったんだが……後で、謝っておくよ。君にも迷惑をかけたね」

 伊丹が済まなそうに言った。

「しっかりした根拠があっての事なら、仕方ありません。私こそ、本当に済みませんでした」

 レヴィスにファイルを返しながら、謝罪の言葉を口にするアヅキ。

「私の事は気にしなくていい――」

 レヴィスはあくまで穏やかに応じた。

「それよりもマリアだ。彼女の姉達もショックを受けているのは同じだ。妹への気遣いが足りなくなる事もあるだろう。これまで通り、マリアを気にかけてやってくれ……頼む」

 レヴィスはアヅキの肩に手を置いて、言った。

「……わかりました。私、厨房担当だけじゃなくて、マリアちゃん担当になれば良いんですね♪」
「そうだ」

 アヅキとレヴィスは、そう言って微笑みあった。場に、和やかな空気が流れる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あの、玲蘭ですが――施術、終わりました」

 ノックの音と共に、ドアの向こうから声がかかる。
 伊丹はバネじかけの人形のように立ち上がると、勢いよくドアを開けた。

「玲蘭さん、どうでした!?」
「は、はい。上手く行った……と思います。アレクセイさん、随分顔色が良くなりました」

 伊丹の勢いに、やや気圧されながら玲蘭が答える。

「ただ、ある一定以上には回復しないみたいで……。それで、レヴィスさんに診てもらいたくて」
「いよいよもって、毒の疑いが高まったか……分かった、すぐに行く」
「あ、あの、レヴィスさん――?」

 部屋を出ていこうとするレヴィスに、アヅキが声を掛けた。
 何事か――と振り返るレヴィス。

「あの、最後にもう一つだけ。レヴィスさん、『エレミア』という名前のエルフと何かご関係は?」
「関係?――ないな」
「そうですか……」

 レヴィスの答えに、落胆するアヅキ。

「関係はないが、知ってはいる」
「知ってるんですか!?」

 アヅキの顔がパッと輝く。

「ああ。と言っても、書物で読んだだけだが」
「読んだ?」
「そうだ。遙かな太古の昔、この世界に君臨していたと言われる古のエルフ、『エルダーエルフ』の大魔術師が、確かそんな名前だった」
「エルダーエルフって……同名の別人ですよね、絶対」
「力になれず、すまんな」

 レヴィスはそれだけ言うと、足早に部屋を出ていく。

「僕達も行こう」

 伊丹に促され、アヅキもその後を追った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「どうだ、オリガ。なんとかなりそうか?」
「修理はムリですね。部品を丸々交換する必要がありますけど、今この船に予備はありません」

 ホーリー・ホワイトは、オリガ・ユロフスキーと共に、機関不調の原因を探っていた。

 そして今二人の前には、まさにその原因である所のディーゼルエンジンがある。エンジンのそこここでサビによる腐食が発生しており、それが原因で十分に出力を出せない状態になっていた。

「このパーツ、作れないのか?」
「作るって……私が?一介の整備士に何を期待してるんですか?こんなの職人でもなければ無理ですよ」

 オリガは肩を竦めた。

「やれやれ。せっかく原因を突き止めたってのに、お手上げか」

 ドミネーションを使って何時間も原因を探した努力が無駄になり、ホワイトは『もううんざりだ』という顔をした。

「仕方ないですよ。せめてこれ以上問題が起こらないように、しっかり整備しましょう――はいコレ、コーヒー」
「ああ、ありがとう」

 ホワイトは差し出したコーヒーを受け取り、一口飲んだ。コーヒーの苦味と温かさが身体に染み渡り、疲れを取り去ってくれる。

「――なあ、オリガ。オレ、オリガにちょっと聞きたい事があるんだが、いいか」
「聞きたい事……なんですか?」
「アレクセイだけど、アイツずっと胃の調子が悪かったんだって?」
「自分に船長なんか務まらないとか、航海が上手く行かないんじゃないかとか、あれこれ気を病んだ挙げ句、胃が痛いって」
「心配性で胃潰瘍かよ……」
「昔から心配性なんです、アレクセイって」
「……苦労性なんだな、大変だ」

 ホワイトは苦笑して、コーヒーを飲んだ。

「でも本当に、それだけか?」
「それだけって?」
「心配事の原因。ホントにそれだけか?何か、まだオレ達に秘密にしてる事ないか?」
「秘密?」

 驚いた顔で、ホワイトを見るオリガ。

「そう、秘密だ。例えば、今回の嵐。伊丹のヤツが言ってたけど、この時期に嵐なんて考えられないそうだ。となれば、誰かの仕業って事になる」
「仕業って……嵐を作り出したっていうんですか?」
「科学的には無理でも、魔法でならありえない話じゃない」
「魔法!?」

 心底驚いた、という顔をするオリガ。
 ホワイトはそんなオリガの様子を、探るように見つめている。

「別に魔法使いじゃなくてもいいんだ。オレ達がア東に行くのを邪魔しようとするヤツに、心当たりはないか?」
「ありませんよ、そんなの。あったら、とっくに伊丹さんに話してます。だいたい、皆さんに秘密にする理由がありません」
「それじゃ、お前達3人を狙うヤツはどうだ?実はお前達には秘密があって、その秘密のせいで狙われているとか」
「それもありません。……もしかして私達、疑われてるんですか?」

 オリガが、疑念に満ちた眼差しをホワイトに向ける。

「念の為、だ。出港前はなんの問題もなかった機関が故障し、アレクセイが倒れ、今度は嵐だ。こんなの、偶然とは考えられない」
「私達のせいだっていうんですか?」
「そうじゃない。だが、隠している事があるなら話して欲しい」
「さっきも言ったでしょう?ありませんよ、そんなの!」

 耐えきれなくなったように、オリガが叫んだ。怒りに紅潮した顔で、ホワイトを睨みつける。

「もう良いでしょう――失礼します」

 そう言って、機関室を出ていくオリガ。

(嘘は吐いてないようだったが――)

 オリガに質問している間、ホワイトはずっとドミネーションでオリガの心音に聞き耳を立てていた。

(やましい所があれば、彼女の心音に異常が現れると思ったんだが――これだけ感情的になられてしまうとな……)

 正直、心音による判断の正確さには自信がない。嘘は吐いていないというのも、あくまでホワイトの心象に過ぎなかった。

(泣かせてしまった……)

 彼女の目に涙が浮かんでいたのを、ホワイトは見逃さなかった。

(あとで、謝らないとな……)

 本意では無いとはいえオリガを泣かせてしまった事に、ホワイトは呵責の念を覚えずにはいられなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「タチアナ、ここにいたのか」

 船体の一番下、貨物室でタチアナ・ユロフスキーを見つけた織主桐夏は、ホッとした表情を浮かべた。
 先程からずっと探していたのだ。


「なに、アタシ探してたの?なんか用?」

 タチアナは織主に返事を返しながらも、作業の手を休めようとはしない。

「何してるんだ、タチアナ?」
「積荷の固定。積荷が船の片舷に寄ると、転覆の原因になりかねないから」
「積荷は霜北の担当じゃないのか?」
「そのはずだけどね。いないからアタシがやってる。一体ドコで油売ってんだか……。取り敢えず整備の方はオリ姉がやってくれてるから心配ないし――だから、なんの用よ?」

 怪訝そうな顔をするタチアナ。

「いや、ちょっと心配になって」
「何よ、アンタまで。アタシ、そんなに思いつめた顔してる?」
「ああ、まぁな」
「大丈夫よ。別に何もしやしないわ。今は、嵐に備えるのが第一だから」
「嵐が過ぎたら?」
「え?」
「嵐が過ぎたら、どうするんだ」
「――アレクセイをあんな目に遭わせたヤツを見つけ出す」

 タチアナはきっばりと言った。

「犯人探しか」
「そうよ」
「見つけてどうする?」
「さぁ……。そこまで考えてなかったな。落とし前をつける?良くわかんないけど」

 肩を竦めるタチアナ。どうやら、考えていないというのは本当のようだった。

「分かった。なら、オレも犯人探しに付き合おう。その代わり、今はオレに付き合ってくれ」
「付き合うって、何に?」
「アナトーリがいないんだ」
「アナトーリが?」
「昨日の夜から姿が見えないんだ。こんな状況で、子供一人ほったらかしにする訳にはいかない。探すのを手伝ってくれ」
「アナトーリ……良いよ。でも、積荷を固定するのが先」
「分かった。なら、それも付き合う」

 織主はそう言って、シャツの袖を捲りあげた。

「そうしてくれると助かるよ。結構量があるからね」

 タチアナは笑って応じた。

「このロープ、向こうに渡して。コレ固定するから」
「これだな?分かった」

 手渡されたロープを受け取り、仕事にかかる織主。
 しばらくの間二人は黙々と作業を続けた。
 そして――。

「……ねぇ、桐夏?」

 不意に、タチアナが声を掛ける。

「んん?」
「あのさ……ありがとね、心配してくれて」

 思いもしなかったタチアナの言葉に、織主は完璧に不意を打たれた。自分でも、顔が紅潮していくのが判る。

「あ、ああ。まぁ……な」

 織主は、辛うじてそう返事をするが精一杯だった。

「何よ、その『まぁ』って」
「まぁは、まぁだよ」
「……変なの」

 それきり、また二人は黙ってしまった。
 なんとも言えない、面映い会話。
 彼女が自分をどう思っているのか、それが知りたい。せめて彼女の表情がわかれば――とも思うが、彼女は積荷の影に隠れてしまい、見えるのはその手足だけ。
 一言、「ちょっと話がしたい」と言えばいいだけなのに、その一言が出てこない。
 タチアナの「ありがとね」という言葉が脳内で無限リフレインして、他の事が考えられない。正直、真っ赤になっているであろう今の顔のまま彼女の前に出るなんて、恥ずかしくて仕方がない。

(クソッ、何故だ!これまで腐る程見てきた、ベタなクソラブコメ展開なのに!過去幾度もシミュレーションを繰り返してきたハズなのに、まるで対処出来ん!!クソマイスターともあろう者が、この体たらくとは……!)

「ちょっと、桐夏?このロープ緩いよ?ちゃんと出来てる?」
「わかった!やる!ちゃんとやるからこっち来んな!!」

 結局この後、仕事の間中ずっと織主が懊悩していたのは言うまでもない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「そこに、誰かいますか?」

 アナトーリ・ハバロフの姿を追って船体最下層部に入り込んだセラス・アキュアは、奥の暗がりに向かって声を掛けた。動き回る灯りが見えたような気がしたからだ。

「アナトーリさん?あなたなの?」

 返事が無いのにしびれを切らし、セラスはもう一度呼びかける。

「ちょっと待て……!今、そっちに行くから!」

 暗がりから聞こえてきた声は、セラスの予想に反してアナトーリの物ではなかった。もっと野太い、大人の男性の物だ。

「よっと、よいっしょ……っと。誰だ、一体?」
「あなたは――霜北さん?」

 セラスがいつも連れている光の精霊の明かりの下に現れたのは、霜北 凪だった。
 何をしていたのか、全身ホコリまみれになっている。

「アナトーリを探してるのか?こっちには来てないぞ?」
「そうですか……。霜北さんも、アナトーリさんを探してるんですか?」
「まぁ……そんな所だ」
「そうなんですか!なら、一緒に探しません?」
「良いぜ。取り敢えず、ドコを探したのか教えてくんねぇ?」
「は、ハイ。えっと――」

 セラスの持ってきた船体図を元に、互いが調査した場所を突き合わせる二人。

「ふん。残ってるのは船体後部だけだな。よし、行くかー」
「ハイ!」

 アナトーリの姿を求め、船体後部へと向かう二人。元々態度がエラそうな霜北が、なんとなくリーダーのようなカンジになっている。

「でも、随分色んな所調べたんですね、霜北さん。いつから調べてたんですか?」
「秘密」
「え、なんで――」
「秘密」
「そ、そうですか……」

 なんとなく気まずい空気が流れる中、黙々と進む二人。

「霜北さん、どうしてそんなにホコリまみれなんですか?アナトーリさんが隠れてると思って、スキマを探したとか?」

 連れ合いが出来た気安さからか、はたまた沈黙に耐えられないからか、セラスの口はいつになく軽い。

「ひーみーつー」
「……秘密ばっかりですね」
「イイ男は常にミステリアス!」
「そうなんですか?」
「多分」
「なんですか、それ……。霜北さん、さっきっから適当に喋ってま――」
「シッ!」

 急に霜北に制され、セラスは慌てて口をつぐむ。

『灯りを消せ』
『は、ハイッ』

 小声で指示を出す霜北に合わせ声のトーンを抑えつつ、光の精霊を懐にしまう。たちまち、辺りは漆黒の闇に包まれた。

『どうしたんですか、霜北さん?』
『奥から音が聞こえる』
『音……?』

 言われて耳を澄ましてみるが、セラスには何も聞こえてこない。
 常人には聞こえないような微かな音。おんみつを持つ霜北には、それがハッキリと聞こえるのだ。

『此処にいろ』

 霜北は闇の向こうを見据えたままそう言うと、足音も立てずに歩き出した。かりうどでもある霜北は、一切音を立てずに歩く事が出来る。

 万一を考えて物陰に隠れながら、しかし迅速に進む霜北。
 鉄の扉が開いて閉じる音。続いて、小さな灯りが現れる。すぐそばだ。

「アナトーリ!」

 思い切って、霜北は声を掛けた。いきなり名前を呼ばれたら、きっと驚くだろうと思っての事だ。もし違っていたら、その時はその時である。

「!」

 果たして、暗がりの向こうから狼狽した気配が伝わってきた。霜北は気配のする方にライトを点ける。

「アナトーリ!!」

 予想通り、そこにいたのはアナトーリだった。一体何をしていたのか、体中ホコリと油と、そして何かわからないが赤茶色の汚れに塗れている。

「オマエ、ここで一体何を――うわっ!?」

 いきなり、霜北の視界が強烈な白い光で覆われた。まるで、閃光手榴弾のような強い光だ。暗がりに慣れた霜北の眼は、完全に視力を失った。

「セラス、アナトーリが行ったぞ!捕まえろ!」

 すぐ横を走り抜ける気配と足音に、霜北が叫ぶ。

「えっ!?――きゃあっ!」

 セラスの悲鳴。人がぶつかり、倒れる鈍い音。そして、走り去っていく足音。
 一切の視力を奪われた中でも、霜北はその聴力で一部始終を正確に把握していた。

「クソッ、逃げられた!無事か、セラス!!」

 視力が戻らぬまま、記憶を頼りにそろそろと来た道を戻る霜北。しばらく進んだ所で、何かが足に触れる。しゃがみ込み手を伸ばすと、指先に人肌が触れた。

「おい、セラス!」

 呼びかけるが、返事がない。どうやら意識を失っているようだ。
 頭をブンブン振って、視力を取り戻そうとする霜北。程なくして、ぼんやりとではあるが視力が戻ってくる。
 霜北はわずかな視力を頼りに、セラスを抱き上げた。

「セラス、セラスしっかりしろ!」

 呼びかけながら、強く揺さぶる。

「ん、んぅ……。あ……、霜北さん?」
「大丈夫か?」
「は、ハイ……。すみません、私……。急に光って、驚いてる内にアナトーリさんがぶつかってきて、そのまま倒されちゃって……」
「怪我はないか?」
「あちこちぶつけたみたいですけど、大丈夫です」
「そうか。動けるか?」
「はい」

 霜北の手を借りて、ゆっくり立ち上がるセラス。
 この頃には霜北の視力も戻って来て、目に見える怪我が無いことが確認できた。

「良いかセラス。まず艦内放送で、アナトーリを捕まえろと言え。それからオリガかタチアナを呼んで、アナトーリが何をしていたか調べさせろ」
「はい。霜北さんは?」
「オレはアナトーリの後を追う。それからな、セラス――」
「はい?」
「用が全部済んだら、レヴィスに診てもらえ。お前は頭を打ったんだ。自分で大丈夫と思っても、大事を取った方が良い」
「……わかりました」

「私も、後を追います」
 言いかけた言葉を飲み込んで、セラスはそれだけ言った。

「良い子だ。素直な女は嫌いじゃない」

 そう言ってウィンクすると、霜北はすばやく身を翻した。大柄な身体が、あっという間に船底の闇に飲まれて見えなくなる。

(ただの遊び人かと思っていたけれど……、人は見かけによらないものね……)

 霜北の消えた暗闇をぼうっと見つめるセラス。不意に、自分を抱きかかえていた霜北の力強い体躯と、間近に見た精悍な顔が脳裏に蘇る。

(ヤダ!そうじゃなくて!そういうんじゃなくて!)

 腕をブンブン振って、脳内の霜北を打ち消す。

「あ、頭を打ったのが原因ね。後はこの暗闇。いわゆる吊橋効果と言うヤツね。ウン、間違いないわ」

 誰に聞かせるでもなくそう言うと、セラスは大きく深呼吸した。船底の冷えた空気を胸いっぱいに吸い込むと、いつもの冷静さが戻ってくる。

「私も行かなくちゃ――。精霊さん、お願い」

 呼びかけに応え、光の精霊は高く飛び上がると、まばゆい光で辺りを照らす。
 痛む身体をかばいながら、セラスもまた一歩ずつ歩き出した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アナトーリ・ハバロフの確保を求める放送が艦内に響き渡った、ちょうどその頃。
 ブリッジでは、刀神 大和
と、ドクター・Dが未曾有の危機に直面していた。

「バカな……!こんな事が、あって良いはずがない!」
「どうした、ドクター?」
「嵐が――」
「嵐が?」
「嵐が、向きを変えた……」
「はぁ?」

 刀神が、素っ頓狂な声を上げる。

「どういう事だ?ちゃんと分かるように説明しろ!」
「たった今、回避コースに入ったはずなのに、嵐が、またこの船の針路に割り込んで来たんだ!」
「何言ってんだよ、飛行機じゃあるまいし。そんなホイホイ嵐が向きを変える訳――」
「変えたんだ、実際!俺だって自分がどれだけ馬鹿な事を言ってるかくらい、分かってる!だがこれは、紛れもない事実なんだ!!」

 半ば激昂して、ドクターはテーブルをドンッと叩いた。
 その場の空気が、一瞬で凍りつく。

「……すまん。私とした事が、取り乱してしまった」
「勘違いとかじゃ、無いんだな」
「ああ、間違いない」
「つまり、ただの嵐じゃないってコトだ」

 刀神は唖然とした面持ちで、窓の外に目をやった。
 見渡す限り一面に、黒雲が広がっている。

「もう一度針路を変更しよう。刀神君、出来るか?」
「勿論だ。指示をくれ」
「有難う」

 ドクターは一つ大きく深呼吸すると、改めて『コンマス』に意識を集中した。コンマスの操縦には精神集中が不可欠だ。

「これは……マズいぞ。向きが変わっただけじゃない。嵐の進むスピードが増している」
「今更それくらいのコトで驚きゃしねぇよ!それで、どうすりゃ良いんだ?」
「待て、落ち着け!今指示を出す!」

 コンマスから得られた情報を端末で確認しながら、素早く回避ルートを計算するドクター。
 既に嵐が間近に迫っているのか、窓を雨が叩き始めている。吹き付ける風の立てるゴオッという音が、ブリッジに鳴り響いた。

「面舵だ!面舵いっぱい!」
「面舵いっぱい!!」

 刀神は復唱して、舵輪を思い切り回した。だが、船は一向に向きを変える様子がない。

「どうした、面舵いっぱいだ!」
「やってるよ!ホラ!!」

 言い返しながら、もう一度舵輪を回す刀神。だが、舵輪はカラカラと虚しく音を立てるだけだ。

「どうなってんだよ、畜生!」

 今度は刀神が、舵輪を思い切りバンッと叩いた。

「ブリッジ?聞こえますかブリッジ!!」

 館内放送から、オリガの緊迫した声が響く。

「こちらブリッジ、さっきから舵が効かねぇ。一体何があった!?」

 刀神が、マイクを引っ掴んで怒鳴る。

「舵の回転軸が破断しました!急激に錆びついたせいです!もう舵は動かせません!!」
「なんだって!そりゃどういうコトだ!?」
「アナトーリが!アナトーリの仕業だって、セラスさんが――」
「誰のせいでも良い!直せないのか!?」
「ムリですよ、そんなの!!」
「ムリじゃない、なんとかしろ!!」
「そんな――」
「クソッ!」

 刀神は腹立ち紛れにマイクを床に叩きつけた。

「どうすりゃ良いんだ、こんなの!!」

 刀神の悲鳴のような声が、ブリッジに響く。
 風の立てるゴオゴオという音が、どんどん強くなって来ていた。

「……マズい事になったぞ、刀神君」
「んなこたぁ、わかってる」
「そうじゃない、コレを見給え」

 ドクターが差し出した情報端末を、刀神は引ったくるように受け取る。
 モニターには、スタルカ号を中心とした海図と、嵐の位置が映し出されていた。既にスタルカ号は、嵐に飲まれつつある。

「先ほどの転針の結果、この船の針路は陸に向かって固定された。つまり――」
「陸って事は――」
「そうだ。この船は座礁する。最悪、転覆も有り得る」

 死刑を宣告する裁判官のように、ドクターは淡々と告げた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「どうしてこんな事をした、アナトーリ」

 嵐の吹き荒ぶ甲板で、霜北 凪はアナトーリと対峙していた。

 船首に追い詰められ、強風に吹き飛ばされまいと必死に鉄柵にしがみつくアナトーリ。
 対する霜北は、アナトーリの退路を塞ぐように、甲板の中央に仁王立ちになっていた。アナトーリを見つめるその表情からは、一切の感情を窺い知る事は出来ない。

「どうして……?わかってるでしょ、そんな事。みんなに、ア東に行って欲しくないからに決まってるじゃない」

 アナトーリの声はともすれば、嵐のせいで途切れがちになる。

「何故だ?俺達がア東に行くと、困るヤツがいるのか?」
「……どうして、機関が故障した時に引き返さなかったの?」

 アナトーリは霜北の問いに、独白のような問いで返す。

「ナニ?」
「あの時引き返してくれれば、こんな事しなくても良かったのに……。僕、アレクセイの事も、霜北さんの事も、みんなの事も大好きだったんだよ?それなのに……。このままじゃ、みんな死んじゃう」
「お前のせいだろう」
「仕方ないよ、それが『お母様』の望みだもの。お母様の言う通りにしないと、みんなが『お仕置き』されちゃうんだ」
「お母様?それが、お前のボスか?」
「ボス……?違うよ。お母様はお母様だよ。お母様は、とっても優しいんだ。お母様のおかげで、僕達みんな飢え死にしなくて済んだんだ。お母様は、とってもキレイなんだ……。僕、お母様の為ならなんでも出来るよ?」

 アナトーリは、うっとりとそう呟いた。その眼は、既に現実を捕えてはいない。
 

「アナトーリ……?お前――!」

 不穏な物を感じ、アナトーリの方に一歩踏み出す霜北。
 だが、遅かった。

「よせ、アナトーリ!」

 アナトーリは、霜北の方を見て薄く笑うと、鉄柵の向こうに身を躍らせる。

「ごめんなさい――」

 霜北には、確かにアナトーリが、そう言ったように見えた。

「アナトーリ!」

 柵から身を乗り出し、アナトーリの名前を呼ぶ霜北。
 必死に目を凝らすが、見えるのは激しく逆巻く波だけだ。

「クソッ!ナニが『お母様』だ!!」

 憤りのまま、鉄柵に拳を叩きつける霜北。
 霜北はそのお母様を、心の底から『殺してやりたい』と思った。

――――――――――――――――――――――――――――――――

<あとがきマスターコメント>

 皆さんこん〇〇は、神明寺です。

 色々あって、リアクションの公開が遅くなってしまいました。申し訳ありません。だいたいインフルエンザのせいです。……いえ、自分は至ってピンピンしてるんですが……周りが……(白目)。皆様も、くれぐれもご自愛下さい。

 前回とは違い、今回はタチアナが大人気でした。
 三姉妹の素性について疑念を抱くPLさんが何人かいらっしゃいまして、おそらくは名前のせいだとは思うのですが(笑)、「ロシア系」で「三姉妹」という所から何も考えずに引っ張ってきただけでして(汗)
 思わぬミスディレクションになってしまいました。申し訳ありません(だがこの先設定を付け加えないとは言ってないw)。

 前回のあとがきで、

「次回からいよいよ戦記っぽい話に入って行き……行くはず……行くと思う……多分(笑)」

 という一文がありましたが、色々悩んだ結果もう一本シナリオを入れる事にしまして、それが今回のシナリオであります。
 次回からはいよいよバトルシナリオ……かな?(笑)

 ともかく、今回もご参加ありがとうございました!
 次回以降も引き続きご参加頂けると幸いでございます!(最敬礼)

――――――――――――――――――――――――――――――――

<定員> なし
<アクション受付> 1月10日23時~
<アクション締め切り>1月14日12時
<参加締め切り> 1月14日23時
<リアクション公開予定日> 2月6日
<リアクション公開日> 2月6日

<参加者>
刀神 大和
ミーティア・アルビレオ
アヅキ・バル
織主桐夏
ホーリー・ホワイト
公 玲蘭
セラス・アキュア
ドクター・D
霜北 凪

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  1. 2019/02/06(水) 01:35:22|
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