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【レアシナリオ】七野瀬の蛟(みずち)

七野瀬の蛟(みずち)


マスター:桂木京介




 
 なかば水没していた。
 集落が、だ。
 水は既に脛のあたりまで達しており、ひどいところでは腰まで浸かる勢いだ。土色の水をじゃばじゃばとかき分け進む作業は、歩行というより水泳なのではないか、そんな錯覚すらおぼえる。
「雨が来るたびこうなるの。今度のは、とくに悲惨」
 だんだん水かさが増している、と厨子川 恵(ずしかわ・めぐみ)は言ってレインコートのフードをかぶり直した。半透明のフードは、自身の呼気でうすく曇っている。
 雨が降っている。恨みがましく、しとしとと。
 すり鉢を想像してみてほしい。正円ではなく、ややいびつな。
 鉢の底がこの集落だ。極端に水はけが悪く、数日雨が続こうものなら、すぐにこんなざまとなる。
 かつてはここまで悲惨ではなかったらしい。
 といっても、パンデミックまでの話だが。
 この集落、七野瀬(しちのせ)も、水花芽県のほうぼうにあるそれと大差はない。つまり、住民は子どもばかりだということだ。住民規模は三十を少し上回る程度。
「見える?」
 足を止めて恵は指を伸ばした。
 坂道というよりは切り立った崖、極端な傾斜の上部から、とめどもなく水が流れてくる。崖の最上部は木々に覆われており、よく見えない。
「水は、あそこからの流入が特に酷い。雨が豪雨に変われば、もうここはおしまいだと思う」
 ならあそこに流れをせき止める設備でも作れば、というわけにもいかない。
「実は堤防がある。堤防というより、自然にできたものだけど」
 蛇に四肢が生え直立したような生物が、斜面上部に巣を作っているという。大きさは一メートル半ほど、手が発達しており原始的な武器を使う。集団行動を好み、折を見ては七野瀬に襲撃をかけてくるという。不幸にして犠牲となった子どもも少なくない。
 生物は、雨龍(あまりゅう)、あるいは蛟(みずち)と呼ばれている。
「蛟の巣穴があり、卵や蛟が身を横たえているから、流入する水はこの程度で済んでる。蛟が一掃されようものなら、きっと七野瀬は沈んでしまうわ」
 かといって――と振り向いた恵は、十七歳の少女とは思えぬほどに険しい顔をしていた。
「やつらの行動が、このところ活発化している。もしかしたら近いうちに、七野瀬を一斉襲撃してくるかもしれない。仮に一斉襲撃がないとしても、こんな雨があと一週間もつづけば、きっとみんな水の底……」
 つまり、こういうわけか。
 このままでは蛟の大襲撃で滅ぶかもしれず、
 あるいは、雨と流水によって溺れるかもしれない。
 かといって蛟退治を行えば、どっと流れ込んだ水でやはり溺死だ。
 どうして、と疑問を感じたとしてもおかしくはない。
 どうして七野瀬の住民たちは、こんな危険な集落を捨て他所(よそ)に移住しないのか――?
 そのとき急に、雨脚が強まった。
「私も、幾度となくそれを主張してきた」
 蒸し暑い、と言って恵はフードを脱いだ。みるまに雨にさらされ、髪は湿り額を水が伝う。
「でもみんな、特に小さい子は拒絶した……ここには墓があるから。あのパンデミックで死んだ……みんなの親たちの。墓を離れるくらいなら沈んで死ぬって」
 バカみたい、と恵は言った。頬を雨粒が伝い落ちる。
「ここで墓を守っていくら待ったって、誰も……誰も帰ってきやしないのに……!」

――――――――――――――――――――――――――――――――

<マスターコメント>

 はじめまして、新人マスターの桂木京介です。
 私にとってはじめてのシナリオをお送りします。不慣れな点もあるかと思いますが、よろしくお願い申し上げます。

概要:
 ジレンマを描いたシナリオです。
 敵である蛟(みずち)を滅ぼせば、一気に七野瀬(しちのせ)集落は水没するかもしれず、かといって座して待つならば、近いうちに水没、ないし蛟の害でやはり集落は滅亡です。
 こんな場所からはさっさと移住するのが一番なのは言うまでもありませんが、父母の遺骨が眠る土地を、子どもたちは離れたがりません。
 集落の子どもたちを説得し移住させる、蛟を倒し水害も免れる手段を講じるなどの解決方法が考えられます。頭の使いどころですね。

成功条件:
 唯一の正解があるシナリオではありません。子どもたちにこれ以上の犠牲を出さないという結果になればどのような展開でも(仮にそれが強制的に移住させるという結末であっても)成功とします。
 蛟の一掃は成功条件には無関係です。

情報:
>蛟(みずち)について
 蛇から進化したと思わしき亜人です。
 知性はあまりないものの、集団で狩りを行う習性があります。槍や棍棒など、簡単な武器も使います。変温動物なので、雨で気温が下がっている状態であれば与しやすい相手と言えましょう。
 一匹一匹はさして強くありません。一対一であればかけだしのキャラクターであっても楽に勝てるでしょう。徒党を組むといっても行うの包囲攻撃くらいで、戦略的な行動も苦手です。ただし、推定五十匹前後いるようなので、数にだけはお気を付け下さい。
 巣穴には多数の卵を置いており、卵を守る兵士は円月刀など強力な武装を持ち腕も他の蛟を上回ります。

>七野瀬(しちのせ)の子どもたち
 十歳未満の年少者が多く、リーダー格の厨子川 恵(ずしかわ・めぐみ)もわずか十七歳です。経験の浅い恵は、集落を統率しきれていないようです。


 ご参加お待ち申し上げております。
 それでは次は、リアクションでお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。


<リアクション>

 雨が降る。
 忍び泣きのように。
 冷たい雨に打たれる草木はどこか悄然として、黙って運命に耐えているように見えた。
 草のひとつになったがごとく、公 玲蘭もうつむき加減で崖道を進んでいる。
 単身だ。
 かつての職業柄、単独行動が多かった玲蘭である。
 雨中行軍という状況も、これがはじめてではなかった。
 レインコートは装備しているものの、その役割は体温保持以上のものではない。露出する顔や手はしとどに濡れ、高い湿度と運動がもたらす発汗で雨具内はせいろのように蒸れている。
 けれど玲蘭は平気だ。茂みのむせ返るような緑の匂いも、まったく気になることはない。
 玲蘭が気にしているのは別のことだった。
 七野瀬(しちのせ)からの立ち退きを拒否しているという、大勢の子どもたちのことだ。
 ――どうしたって集落は水没するだろうけど。
 だからといって、幼い命が土地と運命を共にする必要はないはずだ。
 別れ際に経た厨子川 恵とのやりとりを、玲蘭は思いださずにはいられない。

「蛇は退治してきます。もちろん、一気に決壊をもたらすような雑な仕事はしないつもり」
 そう玲蘭は告げて、相手の反応を待った。
 やや遅れて恵は言った。
「……うん、お願いします」
 言葉に生気がなかった。
 疲れ果てているのだろう。無理もない。わずか十七歳の少女が、三十人近い集落の全権を掌握するのはあまりに困難だ。しかもその大半が、自分と意見を異にしているのである。
 だからといって、玲蘭まで釣り込まれ覇気のない言葉を返すいわれはない。
 左右均等、大きめのシニヨンに結った髪を揺らすと、玲蘭は意図して明るい声色で告げた。
「あ、連絡先教えてね? 蛇の状態教えるから」
 携帯電話の連絡先を交換する。
「あと、具合が悪い人がいるなら回気陣で回復してあげますよ?」
 とも言ったが、今のところは問題ない、と恵は短く回答しただけだった。
「でも……」
 最後にぽつりと、将棋の駒で作った山に、もう一枚追加するような口調で恵は言った。
「たった独りで、大丈夫なの? 敵は……」
 すると、
「それなら」
 と穏やかに、されど確たる自信をもって玲蘭は返したのである。
「心配は無用。私は死なないから」
 そう、死なない。
 自分だけじゃない。誰も死なせない。七野瀬の皆は。

 かさ、と草を揺らす音が雨まじりに聞こえた。玲蘭は我に返る。
 考え事はここまでにしよう。
 蛟(みずち)のテリトリーはもう間近だ。歩哨が出ていてもおかしくはないだろう。
 踏まれても立ち上がる麦のごとく、玲蘭はゆっくりと顔を上げた。
 魔兵装・剣の柄に手を伸ばす。浮き彫りの溝を確かめるように親指を這わせた。

 ◆◆◆

 クソ雨だな、と織主桐夏は言った。
 空をにらむ眼が険しい。
「風呂釜みたいなこの集落を、水没させる勢いで降りまくる。風呂と違って冷たいのも良くない」
 単調きわまりない雨だった。制作費に乏しい深夜アニメでも、こんな雨天の描写はなかった。灰色の空がぜんぶ、雨粒になってこぼれているのではないか。
「おまけにこの風呂釜には、水を抜く栓がないときた。最悪だ」
「それでも、ここに暮らす彼らにはかけがえのない故郷だよ。……それを捨てろと僕たちは言わなければならない」
 リンヴォイ・レンフィールドはそう言って空を見上げた。
「まあな」
 と言って桐夏は、言葉を探すように視線をさまよわせる。リンヴォイの言うとおりだ。考えようによっては、ひどく残酷なことをしようとしているのだ。
 リンヴォイの甲冑の肩に、水が当たって跳ね返る。
「……ごめん、きつい言い方をしたかな」
「そんなことはない。事実、その通りだし」
 桐夏は足元の水を蹴った。ブーツの爪先はもう、濁った水のせいでまったく見えない。
「だからといって、悲劇に終わらせる必要はないと思うよ」
「違いない」
「精一杯やってみよう」
「そうだな」
 その返事を聞くと、リンヴォイは相好を崩し微笑みかけた。桐夏もおずおずと応じた。この青年の笑みには、他人の警戒を自然に緩めるようなところがあった。
 二人がくぐったのは、集落の資材置き場とされている小屋の戸だ。小屋といっても立てられて数十年は経過したとおぼしきもので、扉に塗られた水色の塗装も、その半ば以上が剥げ落ちている。
 彼らが小屋を訪れたのは考えがあってのことだ。準備するものがある。
 しかしそのやり方は違う。
「そっちは、感情に訴える方法で説得を試みるんだったな」
「そうだよ。貴方は逆に、物理的な方法を」
 どちらが優れているとか、どちらがより有効だとか、そういったことを競う意図は桐夏にもリンヴォイにもなかった。願わくば子どもたちを動かすための両輪として、双方の手段を試すつもりである。
「さて、ちょっとした突貫作業になりそうだね」
「急ごう」
 二人は協力しあいながらそれぞれの準備を進めた。

 雨量は粛々たるものだが、やむ気配がないだけに七野瀬の現状は惨憺の一言につきた。水かさはさらに増しており、一部では腰のあたりまで浸る始末だ。たとえここで水が引いても、作物の大半はもう駄目だろう。
 ――こんな世界だ、死んだ方がマシと言いたくもなるか……。
 傘ももたず雨に打たれているせいだろうか、刀神 大和はニヒリスティックな思いに駆られていた。
 死にたきゃ死ねばいいという、捨て鉢な感情も抱きかけていた。
 しかし、と考え直す。
 住民はすべて幼子だ。
 始まったばかりの人生というのに、なにも知らずに死ぬことが正しいといえるのか。
 正しい・正しくないの二元論を避けるにしても、望ましいと思うかどうか。
 他ならぬ大和自身はどう思っているのか。
 まったく――。
 とんだお人好しだな、俺も。
 大和のそばを、十二、三歳くらいだろうか、やせっぽちの子どもが駆け抜けた。てるてる坊主みたいな白いレインコートを被っている。
「待てよ」
 男の子かと思いきや、振り返った顔は少女のそれだ。
 怯えるような眼をしている。
「……驚かせたのなら悪かった」
 大和は少女と目線があうように膝を屈ませた。当然、水に浸かることになるが構わない。
「俺は刀神大和。この七野瀬が危険だという話を聞いて君たちを保護しに来た」
 少女は無言で、なんとも判じかねる表情をしている。
 意に介さず続けた。
「もうここが危ないことはわかるだろう。でも君たちは皆のお墓があるこの地に残ると聞いてね……そこまで想える人たちがどんな人たちなのか、その人たちが住んでいたこの七野瀬がどんな場所なのか、聞いてみたくなったんだよ」
 少女が息を吸う音が聞こえた。
「よかったら話を聞かせてくれないかな」
 彼女は大和に、小さくうなずいてみせた。

 蓑に笠、それが上野木 幸蔵の雨具だ。笠を結わえた紐の端には、数珠のような黒い球がひとつさがっている。
 球の表面を雫が伝い、したたり落ちていった。
「案内を頼みたい。墓場だ」
 とだけ告げて歩き出した幸蔵に、厨子川恵は否応なく付き合わされている。
 墓場といっても、と恵は言った。
「パンデミックはあまりに急激だったから、ひとりひとりにお墓を作ることはできなかった。だから、すべてまとめて納骨堂に入れてる」
 ということは火葬か。
 無口なサムライはいちいち問い返さないが、すでに頭の中では計算をはじめていた。
 やがて納骨堂と呼ぶにもあまりにお粗末な、傾いだ土蔵にたどり着く。
 水が寄せてきている。遅かれ早かれ、ここもやがて水の底だろう。
「骨のすべては収めきれなかった」
 恵の口調は暗い。
「荼毘(だび)って言うのかしら? 焼いたあと遺骨のごく一部だけ納骨堂に残して、あとは散骨してしまった。あの時期に死んだ人たち、私たちの親の……すべてがここにいる」
 ここに『ある』と言わず『いる』と言ったのは感傷によるものだろうか。
 もっともであろう。幸蔵は口を挟まなかった。
「……でも、ただの骨よ。生きていたことの証明でしかない」
 恵が言葉を終えるのを待って、幸蔵は口を開いた。
「この納骨堂、開くことになるが、構わぬか」
「どういう意味?」
「骨はやがて土に返るのだから、ここに残し朽ちるに任せても同じ。されど童にそれを説いてもせん無き事」
 ゆえに、と幸蔵は言った。
「運ぶ。この中身を。存在するのなら墓碑の類いも」

 ◆◆◆

 頭まで覆ったフードは血の色。
 うずくまるその合わせ目から、黒(noir)と銀白(chrome)の装いが見え隠れする。
 †赫の堕天使†は、水没しつつある集落を一望できる高台に立ち、鎮魂歌のような雨音に耳を澄ませていた。
 己に問う。
 ――溺れゆく七野瀬、此処に眠れる魂、有りや。
 己が答える。
 然り。死者の魂は此処に眠る。
 ――然(さ)れど彼岸に向いた魂、迷い仔らを此岸に繋ぎ止める妨げたりえるや。
 否。
 断じて。
 自己内での問答を終えると、堕天使はふわりと集落に降りた。
 その心にさす光明はかすかだ。暗い想いが多い。さながら翼をもがれた鳥が、重力の求むるまま墜つるかのように。
 しかし翼を喪っても鳥は鳥である。
 たとえ堕天使を名乗ろうと、†赫の堕天使†は自身、救いの使者でありたいと願う。
 わずかでも希望があるのであれば、そこに賭してみたいと彼女は考えていた。

 ◆◆◆

 大和と少女は、雨を避けるため高台の屋根の下に移動した。すると興味を持ったのか、同じ場所にひとり、またひとりと子どもたちが姿を見せはじめた。
 いつのまにか大和の周囲には、年長者を中心とした少年少女らが集まり、我先に両親の記憶を語り始めている。
 開拓者としての労、温かい食事、好天の日の団欒……といった耳に心地よいエピソードばかりではなかった。危険なことをしてこっぴどく叱られた記憶なども入り交じる。パンデミックという『別れ』の逸話も。
 大和はいずれも、間違いなく血の通った物語であると感じた。子どもたちにとってはごく個人的で、かけがえのない思い出なのだと。
 やがてため息をつくように、大和は言ったのである。
「……そうか良い人たちでいい場所だったんだな」
 しかし、ただの良い話で終わらせる気はない。やや語気を強めて続けた。
「だがこのまま君たちが一緒に水に沈むというのなら、その人たちやこの七野瀬であった様々な出来事も一緒に死んでしまうな」
 慎重に言葉を選び、それでも集まったすべての者と、一瞬ずつであろうとできるだけ視線を交えるようにして大和は語る。
「人は二度死ぬと言われている。一度目はその人自身が死んだとき、そして二度目は、人々から忘れ去られたときだ」
 この俺だって例外じゃないが、そう一言挟んでさらに語った。
「誰も覚えていない、記録も残っていない、誰からも話を聞けない……そうなったときに七野瀬とそこに住んでいた人たちは二度目の死を迎えるだろう。そういう集落があったことも、そこに住んでいた人たちの楽しい記憶、辛い記憶、それを乗り越えた記憶も、すべて。そんな物あるの? なんて言われることすらなくなるんだ」
 冷淡に響かないよう注意しながら、大和は言い切ったのである。
「君たちが選ぼうとしているのは、そういう道だ」
 鍛冶ゆえ大和は知っている。
 どんな鋼(はがね)も、鍛えなければ刀剣たりえないと。
 心も同じだ。ときに火炎にさらし、ときに金床での試練にさらす必要がある。
 ――届くのか、この言葉が。
 不安に襲われ、思わず大和は目を閉じた。

 少し離れた場所にある集会場。
 普段は集落の会議室として使われているらしい。学校の体育館ほどの広さがある。風雨から守るため黒いカーテンが引かれているが、蛍光灯が装備されており中は明るい。
「よく集まってくれたね」
 リンヴォイ・レンフィールドは集まった子どもたちを眺める。
 男女は半々くらいだが、年少の子が多い。むしろ願ってもない展開といえた。
 参集には厨子川恵も協力してくれた。彼女の期待を裏切るまい、とリンヴォイは胸に誓っている。
「さあ、人形劇のはじまりだ」
 児童館で借りて用意しておいた人形、これを木箱から作った即席の舞台で用いるというのがリンヴォイのアイデアだ。舞台作成には織主桐夏の手助けもあったことも、忘れずにここに書き残しておきたい。
 リンヴォイは身をかがめ、語り始める。
 かわりに舞台に立つ俳優は、いずれもリンヴォイが操る人形だ。
「昔々、ある所に小さな国がありました」
 いわゆる幼児向け作品を『子ども騙し』と軽視する大人がいる。しかしリンヴォイは知っている。実際のところ、幼い子ほど審美眼は厳しく、こちらが手を抜いたりしようものなら、すぐに飽きてしまうものだというものなのだ。騙すのは難しい。
 だから全力で演じるのだ。子どもたちの心をつかむには、自分も心を捧げなければならない。
「王様に王妃様、たくさんの家臣たちと王子様が、お城で仲良く平和に暮らしていました」
 右手だけで『王様』『王妃様』の人形をいっぺんに操り、『たくさんの家臣たちと王子様』を左手で出す。油断すると家臣のひとりが小指から落ちそうになるので手にも力を込めている。
「しかしある日、巨大な獣たちがやってきて、お城を襲いました」
 さっと右手にこれまでの登場人物を集め、左手で怪獣軍団の人形を取り出し操った。
「みんなで一生懸命戦いましたが、勝てませんでした」
 激しい戦いと、敗北の描写。動きは大きく、それでいて無駄なく。
「王様と王妃様は、王子様と家臣の子どもたちをお城の地下から外に逃がしました。
『振り返らずにまっすぐ行きなさい。戻ってきてはいけないよ』」
 言いながら背景の絵を破り取り、その下に『地下』の光景を出す。
「子どもたちは王様たちの言い付け通り、お城を離れて遠く遠く歩きました」
 今度は外の世界の絵を出す。忙しいがスピーディーに行う。
「けれど、お腹が減って、お父さんお母さんが恋しくて、やがて足が止まってしまいます。
『お城に帰りたい』
 子どもたちは泣いてしまいました」
 照れたり怖じ気づいたりするのは禁物だ。リンヴォイは精一杯『子どもたち』の声を演じた。
「すると、王子様が言いました」
 ここが一番大切なところだ、リンヴォイの声に情熱が宿った。
「『立ち止まってはいけないよ。僕たちが進まなければ、生きなければ、お父さんとお母さん、国が全部なくなってしまう。……知っているのは、覚えているのは、僕たちしかいない。だから、辛くても進まなければ!』」
 すぐに話を進めたりしない。この台詞が、台詞に託した想いが、きちんと届くまで待ってからリンヴォイは続けた。
「王子様たちは歩いて歩いて、やがて隣の国に辿り着きました。
 それから大人になった彼らは、お城に戻り獣を退治し、国を取り戻したのです」
 幕が下りる。
 リンヴォイは子どもたちの反応を待った。
 自分の声が、届いたかどうか、その結果を固唾を呑んで待った。
 ひとりがパチパチと手を叩いた。
 やがてもうひとり。
 さらにひとり、そしてまたひとり。
 間もなく会場は喝采に満たされたのである。
 良かった――リンヴォイは安堵のため息をついた。
「これはね」
 リンヴォイが姿を現すと、また喝采が鳴り響いた。
 収まるのを待って彼は言った。
「これは、僕の遠い祖先の話なんだ。あの王子様たちが諦めなかったから、今の僕がいる。それは間違いない」
 だけどそれは、と続ける。
「君たちも同じだ。今は難しくても、たとえば君たちが大人になったときにでも、戻ってこれる方法がきっとある。お父さんとお母さんがくれた命を大事にしてほしい……君たちに生きて欲しい。だから僕は提案したいんだ」
 穏やかな笑みを浮かべつつ、それでも決然とリンヴォイは問いかけるのである。
「一緒に来てくれないか? 安全なところまで避難しよう」
 そのとき、
「うまくいったようだな」
 と、年かさの少年少女らを率いた大和が入ってきた。
「ここから先は、合流して話を進めよう」
 大和の言葉を継いだのは織主桐夏だった。

 ◆◆◆

 足元が滑る。
 公 玲蘭は踵に力を込めた。滑落するようなことがあれば命にかかわりかねない。
 されど彼女の歩みは間もなく止まった。
 哨戒の兵士だろうか、槍で武装した三体の蛟(みずち)がこちらに近づいてくるのが見えたのだ。
 玲蘭の存在に気付いている様子はない。
 といっても、見つかるのは時間の問題だろう。身を隠す場所はあるにはあるが、やりすごせる自信はなかった。
 ならば仕留めるべきだ。
 この場で。
 援軍を呼ばれる前に。手早く。
 先手必勝、玲蘭は自分から敵前に姿を見せた。
 抜刀する。金属音が冴え冴えと鳴り響く。
 蛇の頭を持つ怪物、つぶらな瞳だが口は残忍そうにぱくりと開いている。二股に分かれた舌が、ちろちろと口中から除いていた。
「私がいた世界だったら妖怪として存在しそうね……。さて、掛かってきなさいな」
 不意を突かれ戸惑ったのだろう、最初、三匹の蛟は身構えるのが精一杯だった。
 うち一匹がようやく攻撃に移ろうとしたときには、とうに玲蘭は仕掛けている。
 玲蘭は濡れた地に手をつく。掌すべてが泥に埋まるほどに。
「相手が悪かったと思って下さい」
 気を込める。ふわっと地面から『力』の放射がわき起こった。
 と見えたが否や、濡れた地を妖雷撃のまばゆい光が駆け巡った。
 光だけではない。即死に相当するだけの電流も同時に。
 声を漏らすいとますら与えない。
 棒立ちになった蛟、武器を取り落とす蛟、飛び跳ねた蛟。
 三者三様だが結果は同じだ。
 即死した。
 死体が握ったままの槍の穂先が、まだうっすらと電光を帯びている。
 玲蘭は耳を澄ませる。今の騒ぎで、新手を呼び寄せた恐れがある。
 十数秒待って、その恐れはないと悟った。
「さて」
 玲蘭は電話を取りだし、恵の番号を選んだ。
「……敵と遭遇しました。……ご心配なく、小勢でしたし、すでに対処しましたから。そちらの様子は……?」
 だいたいの状況を把握したので電話を切る。
 もう少し進んでみよう。いまの調子でいいのなら、各個撃破していきたい。
 ――説得のほうは上手く行ってるといいけど……。

 ◆◆◆

 電話を切った厨子川恵は、玲蘭から得た報告を上野木 幸蔵に語った。
「左様か」 
 幸蔵は特に驚かない。玲蘭が性急な行動に出るとは思えなかった。といっても事態が動き出したことは間違いないだろう。
「であるとすれば、いよいよ急ぐ必要があろうな」
 すでに幸蔵は笠と蓑を捨てている。雨に構わず悍馬のようにたくましい上半身をさらけ出し、土嚢を積み上げているのである。持ち上げるたび、両腕と肩の筋肉がめきめきときしむ。積むたび、ずしんと地面が揺れる。
 幸い、七野瀬集落には十分に土嚢の備蓄があった。とはいえ運び手は自分一人だ。持ち上げて積む作業を繰り返すだけでたちまち、幸蔵の全身からは滝のように汗が噴きだした。体は湯気をあげ、雨すらも、触れたとたん蒸発してしまうように思えた。
 それでも幸蔵は作業の手を緩めない。緩めるつもりもない。
 幸蔵は土嚢で一種の堤防を作成せんとしているのだった。水から守る対象は納骨堂である。
 水が流れ込まないよう土嚢で納骨堂の周囲を囲み、つづけて排水する考えだった。
「……これは某(それがし)がいた世界の知識だ。何という手法なのかは知らぬ」
「納骨堂内の遺骨が、水浸しにならないために……?」
 恵に対し、幸蔵は重々しくうなずいた。
「でもこれはただの骨、父さんや母さんそのものじゃない。濡れたって……」
「かもしれぬ」
 だったらなぜ、と言う恵に幸蔵は短く答えるのである。
「だとしても、皆の大切な存在であることに違いはあるまい」
 ゆえに重んじると答えると、寡黙なサムライは仕事に戻るのだった。
「手伝おうか……?」
 幸蔵の真横で声がした。
 ほう、と幸蔵は片眉を上げた。
 自分に気取られることなく、手の届く距離まで近づくとは。なかなかの手練れだ。
「お手前か」
「そうよ。アビスフォールスカーレットセラフ、またの名を『†赫の堕天使†』」
 †赫の堕天使†なのである。くすくすと笑って、にもかかわらず眼だけは冷然として幸蔵の作業を見ている。
「力仕事だ。厨子川殿の助力も遠慮願った。無礼を承知で申せば、うら若き女人の手に負えるものではない」
 だが彼女は超然とした口調で返す。
「お言葉を返すようだけど私も異世界の者、小娘扱いは不要よ」
 ちらと幸蔵は彼女を見て、
「某はヒノモトの生まれなり、お手前はいずこの産であったか」
「チューニバース……輪廻する魂の休息と修練の地」
「チュウ……すまぬが再度」
「単に格好いい世界と思ってくれれば結構」
 きらりと堕天使の眼が光った。この世の者ならざる瞳……! それがカラーコンタクトレンズによるものだということを幸蔵は知らない。
 できる、と幸蔵は判断した。
「ならば助力を願おう。アビスフォー……異国の言葉は言いづらいな。なんと申されたか」
「アビ……えーっと、もう『堕天使』で結構よ」
 さっさとやりましょ、と言うと堕天使は土嚢に手をかけた。
 そしてその重さに、わずかに眉間にしわを寄せた。

 聞いてくれ、と刀神 大和は集まった顔ぶれを見渡した。
 子どもたちから警戒心や、かたくなな雰囲気は減退していた。自分の話や、リンヴォイの人形劇が奏功したゆえと信じたい。
「まず、なにより大切なのは生き延びることだと思ってほしい」
 軽く咳払いして続ける。いまやこの場所には、恵以外のすべての住民が集まっている。多くの聴衆を前にしていることに気付き、大和は多少緊張を覚えていた。
 しかし大和はさきほど、自分の言葉が届き、心が通じ合う手応えをたしかに感じている。意を決してさらに言う。
「君たちが今生き延びれば、いつか君たちの記憶の中にある七野瀬を蘇らせ、忘却という二度目の完全な死を防ぐことができるかもしれない。死んだ人たちは蘇らない、墓もなくなる。だが思い出は残る。それをわかってほしい」
 話すほどに言葉は熱を帯びていった。
「完全に蘇らせるという保証はない、君たちがそれを成そうと思い、成すために動かなければできないことだから。今よりも強くなって記録をつけなければならない。それは早ければ早い方がいい、人の記憶は薄れるから」
「そこで用意したのが、これだ」
 と言って織主桐夏は工作物をならべた。
 短時間で作ったとは思えない。見事な黒塗りの小さな祭具、つまり位牌だ。
 わっ、と子どもたちの視線が集まった。ここまで食いつきがいいとは予想しておらず、桐夏の語調はいくらか乱れる。
「位牌とは死んだ人の魂を祀るもので……ええと、早い話がちっちゃいお墓みたいなものだと思ってくれていい。なお詳しい作り方は、偉大な書物に掲載……」
 書名をあげるより早く、わかるよ、と子どもから声が返ってきた。
 聞いたことがある、実物が家にあった、そんな声もある。
 縁遠いものというイメージがあったがそんなことはなかったようだ。説明の手間が省けたといえよう。
「そうか、ならわかってくれると思うが」
 これなら受け入れてもらえそうだ。桐夏は言った。
「正直、お墓とは違う物だし、作るタイミングとか宗教上の理由とかツッコミどころはクソ作品レベルに多い。だが、その諸々を棚に上げれば『常に両親がそばにいる』って状態になる。みんながこの集落を離れない理由は消えるわけだ」
 場が静まりかえった。
 ――俺、なにかまずいこと言ったか……?
 桐夏が不安げに視線をさまよわせると、リンヴォイが優しく声をかけてくれた。
「きっと、貴方の言う『クソ作品レベル』という表現がわかりにくかったのだと思うよ」
「あ、そこ!? えーと、『クソ作品』というのはだな、主として深夜作品に頻発する、予算・人員・時間のすべてが圧倒的に不足していたためにもたらされる壊滅的なまでに酷いレベルのアニメのことを言う。しばしば見られる症状を言おう! 作画崩壊! 動画臨終! 脚本の穴! 展開の矛盾! さらには原作クラッシャー!! いや、原作クラッシュはときとして名作に昇華するというもっけの幸い的な奇跡を生み出すこともあるわけだが、おおむねネットでは徹底的に叩かれ……い、いかん、話がずれた! とにかく、ツッコミどころ満載の雑な完成度ってことだ!」
 なおクソゲーにおいても……とまで言いかけて桐夏は口を閉ざした。
 子どもたちは皆、ぽかんとしている。
 リンヴォイも理解しきれないようで、困ったような顔をしているではないか。
 高度な話、すぎたか。
 ――し、しまった! 元いた世界でクソ認定作品にさらされ続けた心の闇が炸裂してしまった……っ!
 愛憎半ばするクソ作品への想いが、ほとばしったというのか。(たとえ実際は『憎』のほうが圧倒的だとしても)
 青ざめかけた桐夏の肩に、手を置いたのは大和だった。
「細かな用語は不明だが、本質的に理解できるな、俺には。日限が厳しすぎて不本意な出来の刀剣を納めざるを得なくなった同業者もいる。どうしても納得できない制作物、そういうものを織主たちは『クソ作品』と呼ぶのだろう?」
 なるほど、そんな見方もあるわけだ。桐夏は救われた気持ちになる。
「ああ……確かにそういうことだ。逆に言えば、納得さえできるのであれば見ばえは関係ないとも言えるな」
 世間的にはクソ認定されている作品でも、妙に愛着がわいてしまうたぐいのアニメもある。要は自分がどう思うかだ――桐夏はそんなことを考えた。客観的な視点を得たおかげで、クソ作品への理解が進んだ気もする。それ自体の善し悪しはさておきとして。
 気を取り直して桐夏は続けた。
「位牌だけでは物足りないというのであれば、墓に関連したものを一部持っていくという手もある。俺の住んでいた世界じゃ、SHIGERU方式といって、墓石を小さく削り取って持ち去るという手法が広く認められている。そもそもこの方式は過去の偉人にちなんでいる。それは、闇に降り立った天才こと赤……」
 またも話が脱線しかけたところで、「それなら」と戸を開けて告げるものがあった。
 幸蔵だった。
 汗と雨で濡れ鼠になりながら、彼は上着を羽織り最低限の身繕いはしている。
「勝手ながら某たちが、厨子川殿の了承を得て納骨堂を開け遺骨を持ち出す準備を整えた。納骨堂すべてを移すことは難しい。だがその魂であれば可能ではないか。位牌と遺骨があれば、魂を運んだと言えはせぬか」
 このとき、集会場の照明がふっと落ちた。
 まるで幸蔵の言葉が終わるのを待っていたかのように。
 まだ夜には早い時間帯だったが、悪天候ということもありたちまち薄闇が訪れ、子どもたちはざわめいた。
 会議室前方、一段高くなった壇上が、そこから夜明けが来たかのように、スーッと黎明のようなほの白い光を放った。
 壇上には黒と白銀、その双方をまとう姿があった。
 髪は、ツーサイドアップに結っている。
 異色の瞳。猫のごとく細い瞳孔。
 紙ほどに白い肌、死を前にしているような険しき表情。
 整ってはいるが、どこか人形の美を思わせる顔立ち。
「然り、死者の魂は此処に眠っている……」
 赫の堕天使は人差し指を立て、憑かれたように虚空を示した。
「視(み)えるもの」
 声を上げる者はなかったが、戦慄を抱いた者は少なくあるまい。
「只、魂を正しく認識できるのは。
 私の様な例外(“アウトオブアウト”)を除けば、死者の親類縁者と知古に限るわ」
 堕天使は唇を歪めた。赤すぎるほどに赤い唇を。
「貴方たちが何れ沈む彼岸に固執するならそれも良い。
 が。異界の叡智の一端に触れ得た私には、此岸と彼岸の掛け渡しができる」
 怯えた眼で子どもたちは互いに目配せした。
 といっても逃げる者はない。金縛りになったように動けないのだ。
「刻(とき)は幾許か歩みを速めてしまうけれど……生き永らえた上で、此処へ戻る方法があると云っているの」
 声は決して荒げない。むしろ抑揚はないに等しい。
 しかし堕天使の言葉は、子どもたちの心に突き刺さったことだろう!
 ――さて、これで理解してもらえればいいのだけれど。
 芝居がかった登場に口調、いずれも堕天使の仕掛けであり自身の好みのど真ん中であるが、彼女は同時に、無駄に難しい言い回しになったかも――とも思っている。
 ごく平均的な教育を受けた十四歳として彼女は、異界の叡智(社会科の授業で習った知識)を総動員して発言したつもりである。
 七野瀬が水底に沈んだとて、ダムなり支流を造るなどして取り戻すことはできるはずだ。蛟という怪物ができることなのだから、人間にできないはずはない。何年かかるかはわからないが、生きながらえればできるはずではないか……そう語ったのだ。チューニバースらしい虚飾をふんだんに織り交ぜて。
 なお、彼女が忽然と出現できたのも、隠遁の衣というアイテム効果によるものであった。
 くわ、と目を見開くとだめ押しのように堕天使は告げた。
「親の言いつけを破って死んだ子の魂は親元には帰れないよ……!」
 ひいっ、と恐怖のあまり泣き声を上げた子どもがあった。
 あ……ちょっとやりすぎた、かも――。
 堕天使は少し、反省した。

 ◆◆◆

 閃く剣の切っ先は、コンパスで描いたような半月形の残像を残した。
 ここまで接近を許してしまうなんてね、と独り言つ。
 斬られた蛟は喘ぐように両腕を泳がせてどさりと倒れ、動かなくなった。
 チィン、と短い金属音が立った。公 玲蘭の剣が鞘に収まったのだ。
 玲蘭は辺りを睥睨し、さらなる伏兵がないと知ってようやく息をついた。
 玲蘭はその後も歩哨部隊に三組ほど遭遇、いずれもたちまち屠ったものの、そろそろ引き際だと判断している。
 加速度的に出現間隔が短くなったこと、数が増してきたということ、さらには不意を打たれたとはいえ、蛟にかなりの近接を許してしまったということがその理由だ。
 先ほどの戦闘は危険だった。
 脇腹を少し切られた。失血はわずかだし行動に支障を来すほどではないが手傷は手傷だ。しっかりと止血して、山頂と思わしき方向に眼を細める。 
「……ったく、傷は治っても痛いし、服は直らないんだから……」
 繕うにしろ入手し直すにせよ、それなりの手間がかかってしまうのは避けられないだろう。
 このとき携帯がぶるぶると震えた。厨子川恵からだ。
「はい」
 報告を聞くと玲蘭はうなずいた。うっすらと笑む。
「……子どもたちの意思も、移住に決まったのですね。良かった」
 ならばここに残る必要はない。
 蛇を全滅させるのは子供が避難してからよね。
 それはまたの機会としたい。
 どのみち単身では、これ以上敵地に踏み入るのは危険だろう。
 新手が現れるより先に、玲蘭は山を下ることにした。

 雨脚は衰えぬが雲間に、うっすらと陽光が見えた気がした。

 ◆◆◆

 刀神 大和は少年の頭を撫でた。
「よし、思い出の品は持ってきたな」
 六歳くらいだろうか。少年は強い意志を秘めた眼で、うんと大きくうなずいた。
 この子は七野瀬を捨てることを、もっとも強固に反対していたひとりだと聞いている。彼の同意を勝ち得たことを、大和は密かに誇りに思う。
 集落全員は、リーダーの恵を先頭に、移動を開始したのである。
 やがて七野瀬は水没するだろう。振り返り振り返りする者は少なくない。だが誰も、足を止めようとはしなかった。
 最後尾につけつつ、†赫の堕天使†は隣を歩くリンヴォイ・レンフィールドにそっと話しかけた。
「もしかして私、子どもたちに幽霊のたぐいと思われたかも……?」
「ええと……どうかなあ」
 リンヴォイは少し考えたが、すぐに柔らかな笑みを見せている。
「幽霊にも良い幽霊と悪い幽霊がいると思うし、そう気にすることはないかも……?」
 このときにはすでに、公 玲蘭も一行に加わっている。
「苦労かけたな。お手前に荒事を一任する結果になったが」
 彼女を上野木 幸蔵がねぎらうと、
「お気遣いなく。理と情と恐怖、さらに位牌や遺骨という、物心両方で説得する――あなたたちのほうが難しい仕事だったと思いますし」
 涼しい顔をして玲蘭は返すのである。
 水晶の剣のような玲蘭と、無骨な太刀のごとき幸蔵、一見その両者は異なっているが、芯が通っているという意味では共通であろう。
「謙遜めされるな。大役、見事である」
 幸蔵が敬意を示すと、
「お言葉、ありがたく受け取っておきます」
 玲蘭もまた、彼に敬意を表した。

 織主桐夏は気がついていた。遠ざかる七野瀬に対し大なり小なり、名残惜しげな様子を示す他の子らと違い、厨子川恵は一度も振り返っていないということに。
 彼女に追いつくと、周囲に聞こえぬようそっと声をかける。
「厨子川は……強いな」
「どうしてそう思うの」
 恵は桐夏の顔すら見ない。
「なぜって」
 もう一度、誰も聞いていないことを確認してから桐夏は言う。
「弱みを見せないよう気を張りつづけている。俺たちが七野瀬に入ってから今まで、ずっとだ。自分が望郷の念に傾けば、みんなの決意が揺らぐと考えているからなんだろう? 間違っていたらすまない……でも本当は厨子川だって、七野瀬に別れを告げたいんじゃないか」
 彼女が、自分の口元を押さえるのを桐夏は確かに見た。
「やめて。もう少しだけ……。私はリーダー、みんなの前で、泣くわけにはいかないから」
「……良ければ、あとで話くらい聞くよ」
 同い年のよしみだからな、と締めくくる。
 恵が小さくうなずいたのを見てから、桐夏は足を止め、彼女が先に行くに任せた。

 雨はやまない。
 忍び泣きのように。
 雨はやまない。
 

(了)

――――――――――――――――――――――――――――――――

<あとがきマスターコメント>

 ご参加ありがとうございました! マスターの桂木京介です。

 アクションをいただくまでは、蛟との戦いがメインになるかな……と思っていたのですが、蓋を開けてみれば驚いたことに、子どもたちを説得する行動がみなさまのメインになっていました。
 しかし、この『予想外』なのがPBWのいいところ、私は大いに意欲を持って執筆させていただきました。

 結果、ハートフルでありつつ活劇もあり、みなさまの個性の輝くようなリアクションにできたのではないか……と勝手ながら自負しております。
 もちろん七野瀬の住民を無事に安全圏に移住させることができたのだから内容は成功です!
 蛟についても十分打撃を与えており、移住後まで追ってくることはないとみていいでしょう。

 それではまた、新たなシナリオでお目にかかるのを楽しみにしています。
 桂木京介でした。

――――――――――――――――――――――――――――――――


<定員> 6人
<参加締め切り> 9月14日23時
<アクション締め切り> 9月18日23時
<リアクション公開予定日> 9月29日
<リアクション公開日> 9月26日

<参加者>
†赫の堕天使†
上野木 幸蔵
リンヴォイ・レンフィールド
公 玲蘭
織主桐夏
刀神 大和
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  1. 2018/09/26(水) 22:40:00|
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