<リアクション2> <
1はこちら>
*...***...*
数時間前のことである。
リンヴォイ・レンフィールドが
朝比奈 愛依のところを尋ねた際、郊外付近にモンスターが棲家を作った、という話を聞いた。
群れを成しているようだが縄張り周辺にしか現れないため、討伐の優先度は低いとのことだ。戦力を割くべき相手は他にもいる。後回しにしたほうが良いだろう、との見解だった。
が、愛依と別れた後、リンヴォイは遊んでいる子供たちの会話を聞いてしまった。
「郊外ってお花が綺麗なんでしょ?」
「モンスターが出るから行っちゃ駄目だよ?」
「でもお花、見たいなあ」
「駄目だってば」
そのやり取りから、リンヴォイは瞬時に、同じ考えの子供たちがいると踏み、一度拠点に帰ると装備を整え、郊外へ向かった――。
たどり着いた郊外の景色は、確かに目を瞠るものがあった。
林立する木々に芽吹く、淡い色の可憐な花。
それらが一面に広がっており、幻想的な空気を作り出している。
故郷の国では見たことのないその花の美しさに、リンヴォイは警邏という目的を忘れて、思わず立ち止まってしまった。
どれくらい見惚れていただろうか。
吹き抜けた暖かな風に頬を撫でられ、リンヴォイはハッと我に返った。いけない。自分がここに来た理由を思い出せ。軽く頭を振って思考を切り替え、警邏に就く。
すると、案の定花見をしている人々に出くわした。驚いたのは、それが見知った顔――布留部や巡、メイの姿だったことだ。
「こんにちは、偶然ですね」
近付いて声を掛けると、メイが「リンちゃんだー」と言って笑う。相変わらず、明るい子だ。微笑みを返し、「ここで何を?」と問いかける。
「お花見してたんよ」
「ハナミ?」
「花を愛でながらご飯食べたりお酒飲んだりすることー。楽しいよ。ねえ、月ちゃん」
「風情があっていいな」
話を振られた布留部は、薄く笑みを浮かべて返した。どうやらご機嫌のようだ。彼が普段見せない一面を見せたことで、花見というものが素晴らしいものなのだと知る。
「とても素敵な会ですね!」
「リンも……一緒する?」
「僕は――」
そこで、リンヴォイは自分の恰好を客観的に見た。
プレートアーマーにサーコート、腰には長剣と短剣を下げ、バックラーで武装している。この出で立ちは、華やかな花見の場には、あまりに物騒でそぐわない。
「誘ってくれてありがとう、巡さん。でもごめんなさい、やめておくよ」
「なんで……?」
きょとんとした顔でこちらを見つめる巡に、リンヴォイは自嘲めいた苦笑を浮かべ、
「無粋なこと、この上ないから」
と言った。
「元々は見回りで来たんだ。巡さんたちが穏やかに花見を楽しめるよう、僕は警邏に戻るよ」
本当は、一緒に花見を楽しみたかったが、その気持ちを抑えて会釈する。
それでは――と言い掛けた時だ。
「…………」
背後に不穏な気配を感じた。反射的に、剣の柄に手をかける。訓練の通り、即座に抜剣しようとしたが、視界の端に巡が映ったことで、その手を止めた。やめよう。相手との距離はまだある。ここで戦う必要などない。三人には、このまま平和に花見を楽しんでいて欲しかった。
「ったりぃな」
それまで静かに飲んでいた布留部が、伸びをして立ち上がる。
「布留部さん?」
「敵だろ。
おいメイ、相手との距離どんくらいだ」
「えーとね、まだ結構あるよ。んー、何メートルくらいかな。とりあえず、即座にはここまで来れない程度には離れてる」
「ならいい。行くぞ、リン」
「いえ、待ってください。布留部さんを危険に晒すわけにはいきません」
「あん? 同じ言葉返すぞ?」
「しかし――」
「メイ、敵の数は?」
リンヴォイの言葉を遮り、布留部がメイに視線を向けた。メイはあぐらのまま、「そーね」と言ってから、「いち、にー、さん、し」と数を数え始める。
「うん数えるのめんどくさい。そこそこいる。以上!」
「雑だなおい。
……ってことだけど。一人じゃ荷が重いんじゃねえの」
「そう……ですね」
騎士見習いとしての矜持もあったが、それより優先すべきは命だ。強がりは言うべきではない。それに――。
(布留部さんは、どうやって戦うんだ?)
彼の装いは白いパーカーに黒いジャケット、同じく黒のジーンズといった軽装――どころではない。無防備そのものである。武器の類も手にしておらず、一般人にしか見えない。
(興味深いな……陰陽師とは、どのように戦うのだろう?)
そんな好奇心も手伝って、リンヴォイは布留部の申し出を受け入れることにした。
「わかりました。僕が前に出ます。布留部さん、援護をお願いします」
「そりゃ助かる。俺ァ後衛だからな」
「俺ちゃんどーする?」
話し合うリンヴォイと布留部を見上げながら、メイが尋ねる。
「敵多いんだろ?」
「うん」
「じゃあ来い。数が欲しい」
「はいよー!」
「でもメイさん、巡さんを優先に! 絶対に目を離さないで」
「もちろんだともさ」
メイはすっくと立ち上がり、「久々の実戦フゥー」などと言っている。「そりゃ俺もだよ」と布留部が返す。なんとも緊張感がない。それだけ自分の力に自信があるのだろうか。ならば、頼もしい。
「あ、そろそろ来るよ」
不意にメイが言った。見れば、目視できるほどの距離に敵が迫っている。体長2メートル弱の、二足歩行の獣だ。確認した瞬間、体が動いた。駆けながら剣を抜き、
「風の精霊よ、加護を!」
かまいたちを放ちながら、地を蹴り低い姿勢で一気に間合いを詰める。突出していた一匹の首を狙って剣を振るうと、呆気ないほど簡単に沈んだ。ヘイトが集まるのを感じる。いいことだ。僕は囮でいい。敵の手足を狙い、機動力を削いでいく。
「あまねき諸仏と無上の諸教誡に帰依してたてまつる――」
聞き慣れない言葉が、背後から聞こえる。布留部だ。あれが陀羅尼、だろうか。
「殊には、ああ、虚空よ、虚空よ、消滅したまえ、消滅したまえ」
そこで詠唱は終わったらしい。というのも、リンヴォイの目の前にいた一匹が、文字通り塵と化した。あまりの破壊力に絶句する。
「敵の割合は脳筋9割だけど1割は特殊攻撃。呪術師だよ」
との言はメイのものだ。識別の魔法をかけているらしい。特殊攻撃は厄介かもしれない、と思っていたら、布留部が「クッ」と喉の奥で笑った。振り返ることはできないため彼の表情はわからないが、恐らく不敵な笑みを浮かべていることだろう。
「呪詛返しは得意分野だよ」
低い声でそう言ったかと思うと、すぐさま彼は詠唱に入る。
「逆しに行うぞ逆しに行い下ろせば向こうは血花に咲かすぞ微塵と破れや蘇婆訶」
唱え終わると同時、後衛にいた呪術師たちが苦しみながら倒れていく。
「すごいな……」
思わず感嘆の声が出た。が、もちろん油断などしていない。拳を振り上げた一匹の腕を、リンヴォイは切り落とした。絶叫を上げて転がりまわる敵の頭部を、容赦なく剣で叩き潰す。返す刀で背後に迫る一匹の首を落とし、止まることなく動き続けた。
「ラン・バン」
そこに布留部の陀羅尼が炸裂する。敵が燃え上がった。まるで魔法使いのようだ。本職の魔法使いであるメイは、「ウンディーネ、ヘイ」と軽く声を掛け、水の精霊を喚び出す。喚び出された精霊は、水の塊を一体に放った。それは顔にまとわりつき、呼吸を阻害した。一分ほど暴れまわっていたが、すぐに動かなくなる。
「お次はどうしようかしらん」
「同じでいいよ、さっさと戦力削れ」
「あいよ」
後衛二人のやり取りの通り、陀羅尼と水魔法で敵の数はあっという間に減っていった。それらの対象にならなかった前衛には、リンヴォイが剣を振るい、的確に急所を突いて倒す。
ほどなくして、立っているのはリンヴォイたち三人だけとなった。
少し乱れた息を整え、リンヴォイは振り返る。
「二人がいてくれてよかった」
素知らぬ顔をしている布留部とメイに礼を言うと、メイは「いえーい」と笑ってピースサインを向け、布留部は「どういたしまして」と素っ気なく答えた。
「しかし――強いですね」
「前衛がいてこそだけどな」
「俺も俺も」
「リンがいる前提で長ぇ詠唱もできたから、お互い様ってことで」
「俺も俺も」
謙遜ではない真っ直ぐな言葉に、リンヴォイは「ありがとう」と言って、二人に握手を求めるのだった――。
*...***...*
「アホか」
と、
刀神 大和は思わず口走った。相手は布留部である。布留部は日本酒の入ったグラスに口をつけ、無言を貫いている。
「穴場だからってモンスターが徘徊してるような場所で花見すんなよ。死ぬぞ」
「じゃなんでお前はいんの?」
ストレートに問われたので、「俺はモンスターの確認に来たんだよ」と答えた。それからもう一つ、確かめたいことがあったからだ。
そういった理由のある大和とは違い、巡とメイのお守りをしている布留部は心底お人好しだと思う。
「ホントお人好しだな、布留部は」
思うだけじゃなく、言葉がつい口を衝いて出ていた。布留部はグラスを傾けつつ、「そうか?」と答える。
「別に見捨ててもいいんだろう?」
「まあな」
「なのについてきてんならそれ充分お人好し。自分で責任取れないなら自業自得なんだからほっときゃいいのに」
「俺自身花見結構好きだからなあ。後は、最近実戦してねえから鈍らせないためにわざと」
まさか敢えて来ているとは思わなかったので、呆れるべきか怒るべきか関心するべきか悩んだ。結局どの感情も綯い交ぜになってしまったので何も言わないことにする。
なんとなく沈黙が流れたので、「俺はさ」と口を開いた。
「『刀神』だからさ。刀をその魂まで従えて使役する力があるんだ」
「ほお。すげえな」
「……んだけど」
「けど?」
「魂の宿った刀が一振りもないから使えない」
「制約付きか」
「そう。魂が宿るほどの刀を、自分で打つしかないんだよ。けど、そもそもそんな場所ないし……いつできることやら」
「朝比奈とかに聞けば」
言われて、確かに、と思った。それが一番手っ取り早い。
「明日出向くわ」
「思い立ったが吉日じゃねえの」
「今? 今はちょっと確認したいことがあるから無理」
「何」
「布留部の実力」
「……はあ」
妙な間を開けて、布留部は大和を見た。なんで? とでも言いたげだったので、理由を話す。
「刀を打つ時の協力者である布留部の実力を知っておきたかった」
「あー、まあ、雑魚かったら意味ねえもんな。納得」
「お前オブラートに包めよ少しは」
それから、実力を疑われているところに突っ込め、と思った。もっとも、そんなこと思いもしないほど自信があるのかもしれないが。だとしたらどれだけ心強いか。
「刀の出来が俺の生命線だからな。本当に命がけだからさ、自然と慎重にならざるを得ないっていうか……だから、よろしくお願いします」
なんとなくバツが悪かったので正直に細かな理由まで打ち明けて頭を下げると、布留部は口角を上げて「ふっ」と小さく笑った。
「なんだよ」
「お願いしますって柄じゃねえだろ」
「素直に頼んでるんだよこれでも」
と答えると、布留部はグラスに残った酒を一息に呷り、立ち上がる。
「んじゃ、行くか」
「は?」
「実力見てえんだろ。ここで待ってるより狩りに出た方が早い」
「布留部って好戦的なんだな」
「いや、お前の注文に応えてるだけなんだけど」
確かにそうか。大和は頷き、立ち上がる。布留部はメイの方を向き、「聞いてたか?」と尋ねる。メイは会話に一切関わってこなかったが、「もちろん」と返してくる。
「お前は巡のこと見てな」
「あいよー。気をつけてね。大和くんもね」
「え? あ、おう」
まさか心配されると思わなかったので、やや戸惑いつつ頷いた。そして、さっさと歩き出す布留部の後を追いかける。
15分ほど歩くと、遠目にモンスターの姿が見えた。二足歩行の獣だ。体長は2メートルそこそこで、群れを成している。10匹はいるだろうか。
「多くね?」
「そうか?」
「……布留部、感覚人とズレてるって言われないか?」
「言われたことねえな」
そんな風に話していると、モンスターに気付かれた。梅の木の陰にでも隠れておくべきだった、と内心舌打ちする。布留部はしれっとした顔で、「ナウマク・サンマンダ――」と聞き慣れない言葉を唱え始めた。これが陀羅尼か。初めて聞く。
「バザラダン・センダマカロシャダ」
詠唱の最中、布留部は何やら複雑な指の動かし方をした。影絵を思い出す。詳しくは知らないが、印を結ぶ、とでもいうのだろうか。
「ソハタヤ・ウンタラタ・カン・マン」
そこで詠唱が終えたらしい。こちらに向かって突進していた三匹が、粉々になる。
「……は?」
骨さえも残さず散っていったので、思わず素っ頓狂な声が出た。
「うん。まあ、なかなか」
布留部はというと、一人頷いている。なかなか。そうか。クリティカルヒットに見えたが。そうか。なかなかか。そのレベルか。
「布留部って滅茶苦茶強い?」
「いや? 物理特化には負けるよ」
「負けるところ想像つかねえ……」
「そりゃどうも。ところでそろそろ引っ込んだ方がいいぞ、乱戦になるから」
その言葉通り、仲間を殺されて逆上したモンスターたちがこぞって向かってくる。巻き込まれたらたまったものではないので、慌てて後ずさる。が、モンスターは存外すばしっこかったようだ。後ろにも一匹いた。
『刀神』を発動させようと意識を集中してみる。が、何の反応もない。当然だ。先程自分で言ったように、この力は魂のこもった刀がなければ発動しない。しかし、この事実は何も出来ないことの証左でもあるため、多少へこんだ。が、状況を思い出す。へこんでいる場合ではない。さっさと逃げなければ、足手まといになる。そんなのはごめんだ。
しかし、敵との距離が近すぎた。逃げることは難しそうで、急所を狙って蹴りを食らわせる。怯んだ隙を見て逃げた。
(くそっ! 刀があれば!!)
自分の無力さを痛感していると、「オン・マリシエイ・ソワカ」と陀羅尼らしき詠唱が聞こえた。大和の方に来ていた敵の頭部を吹っ飛ばす。驚いて布留部の方を見ると、あろうことかこちらを確認することもなく――つまり、背を向けた状態で――撃破にかかったらしい。
「せめてこっち見ろよ、俺に当たったらどうすんだ」
「俺がそんなヘマすると思うか?」
「思わない」
「だろ」
という会話の最中も、布留部がこちらを見ることはなかった。自身に向かってくる敵を、器用にかわしたり、結界だろうか、何か見えないもので攻撃を弾いたりと、多彩な戦い方を見せている。
(……使える)
これだけの力の使い手の協力であるならば、かなりの効果が期待できるだろう。
それから三分もかかっただろうか? あれだけいたモンスターの姿は、跡形もなくなくなっていた。感嘆の息しか出ない。強い。凄い。あと、面白い。ここまで圧倒的だと笑えてくる。
「ちょっと疲れた。休憩」
と言って、布留部がこちらに戻ってくる。あれだけやって『ちょっと』かよ、と思ったけれど言わないでおいた。
「……じゃ、花見でもする?」
身近な危機は去ったわけだし、提案してみる。と、「そうだな」という返答があった。巡とメイのもとへ戻る。
レジャーシートの上にだらーっと座り、先程の戦いを思い返した。すると自然と口から、「これなら刀も期待できるな」と言葉がこぼれる。
「そりゃよかった」
「うん。改めてよろしく頼みます」
「だからそんな柄じゃねえって」
また、ふっと笑われたので、「素直に頼んでるのに」と言い返した。すると布留部は違う違う、と首を振り、
「俺の方」
「は?」
「お前にゃ協力するっつってんだ、そんな畏まらなくてもやっから。心配しねえで任せとけ」
頼もしい一言だった。「OK」と大和は頷く。
「任せた。俺も早いところ鍛冶ができる環境を整える。布留部も何かいい話を聞いたら教えてくれよ」
「もちろん。戦力はあるに越したことないしな」
「……さっき戦力にならなかったこと言ってる?」
「まさかぁ」
珍しく語尾を伸ばして笑う彼に、大和は眉をひそめた。
「布留部、酔ってるだろ。からかうとか珍しすぎる」
「あー、陀羅尼打ちすぎて疲れたのかもな。それで酒回ったかも」
「お前なあ……」
「悪いな、笑い上戸なんだ。ほっとけ、そんな酔ってねえから」
「酔っぱらいはみんなそう言うんだよ」
「そういやそうだな」
「まあ、布留部なら酔ってても普通に立ち回りそうだから怖いけど」
「あー、できんじゃね。やったことねえけど」
「お前の潜在能力高すぎ」
呆れたというポーズで言ってみたものの、こいつが負ける気がしない。
なので不安に思うこともなく、大和はしばしの休憩を取ったのだった――。
*...***...*
梅が綺麗に咲いたと聞いて、
織主桐夏が郊外へ来てみれば、どういう偶然か巡の姿を見つけた。
ただし、そこにいるのは巡だけだ。保護者役の布留部やメイの姿はない。一人で辺りをウロウロしている。見るに、梅の花を鑑賞しているようだ。上ばかり見ている。モンスターが出ると噂の郊外であるため人の姿がないからいいが、街中だったら事案発生ものである。
(保護者たち何やってるんだか……)
と思い、探して呼んでこようかとも思ったが、それより巡に直接注意喚起すべきだと桐夏は考え、一度そっと街へ戻った――。
約一時間後、桐夏は再び郊外に舞い戻ってきた。巡の姿を探すと、いた。ちみっこい影が、あっちをウロウロこっちをウロウロと相変わらず危なっかしい行動をしている。
そこで、桐夏は巡が通りそうな場所を選び、木の陰に姿を隠した。巡は、しばらく辺りを彷徨った後、桐夏の見立通り、桐夏が隠れた木の傍にやって来る。
巡が通ろうとした瞬間、桐夏はバッと飛び出した。その恰好は、適当な黒い布を頭から被り、そこらにあったお面をつけた、なんとも珍奇な姿である。名付けて、『怪人 血花咲じいさん』。自国の絵本のパロディだ。もっとも、パロったのは名前だけで、恰好は所詮30分クオリティのお察しレベルだが。
「貴様に血の花咲かせるぞ~!」
そう叫んで巡に襲い掛かる振りをしてみせるも、巡は動じた様子もなく、
「桐夏……何やってるの……?」
と言ってきた。冷静だ。冷静すぎて、こちらまで正気に返りそうになる。それは恥ずかしいので、コホン、と咳払い一つして、何事もなかったかのようにお面を取り、布も脱いだ。
「さすがクソマイスター見習いだ、よく俺だと気付いたな」
「だって……声、桐夏だったし」
「うーん、できる限りの裏声を出したつもりだったんだが。俺もまだまだということか」
一人納得し、「後でクソきのこマンのコスチュームを進呈する」と告げる。が、「いらない」とバッサリ切り捨てられた。少し悲しい。
「まあ、血花咲じいさんはどうでもいいんだ」
「ええと……無視するには変すぎる恰好だったけど……」
「神凪ちゃん、さっきから危ないぞ?」
「危ない……?」
巡は何を言っているのかわからない、というような顔をする。これはいけない。危機感が皆無だ。モンスターが徘徊していることを忘れているのだろうか。もしや、雪遊びの時ばりに浮かれているのではないか。そう考えると少し納得もできる。が、浮かれるにしろ状況が状況だ。もう少し、自分の身を大事にして欲しい。
「油断は禁物だぞ」
「うん……?」
「だって考えてみろ。俺がリアルモンスターだったらどうなってる? 今頃神凪ちゃんは美味しく頂かれてたぞ」
「この辺のモンスターは、人間食べないよ……」
「いや、R-18G的な意味で」
「……?」
「うん、まあ、そこはわからなくていい。っていうか神凪ちゃん、この辺にモンスターがいるってわかってるなら単独行動はやめるんだ、危なすぎるだろう」
「そっか……お花見てて、ちょっと、忘れてた」
「だいぶうっかりさんだな。本当に俺がリアルモンスターじゃなくてよかった」
「ごめん……心配かけた……?」
「ああ、心配した。大いに反省するといい」
軽く叱ると、巡はしょんぼりと肩を落として「ごめんなさい」と言った。素直なことはいいことだ。
「花見を楽しむのはいいが、警戒は怠らないこと。お師匠兄さんとの約束だ」
「はぁい……」
小さく頷く巡の頭を撫でてやろうとそっと手を伸ばしてみる。巡はきょとんとしたまま、桐夏を見上げていた。否定的な態度ではなかったので、ワシャワシャと髪を撫で回す。サラサラで、触り心地がよかったからやりすぎた。グシャグシャだ。手櫛で梳かして直してやっていると、背後に気配を感じた。即座に振り返る。モンスターだ。体長2メートルほどの、二足歩行の獣である。なかなか筋肉質で、普段なら相手をすることなど御免こうむる対象だが、今は巡がいる。一人なら逃げるのは容易いが、彼女がついてこれるとは思えなかった。かといって、桐夏に巡を抱えて逃げるほどの俊敏さはない。
となったら、取る手段は一つだ。
「逃げろ、神凪ちゃん」
「え……」
「それで、戦える人呼んできて。俺は時間稼ぎしてるから」
「桐夏……」
「大丈夫、若い頃から、いつ空から女の子が降ってきてもいいように全身を鍛えてたから」
とはいえ、漫月に召喚されてからサボっていたのは内緒だ。
まあ、ちょうどいいだろう。鈍っている体を動かす機会だとでも思えば。
「それに、女の子を守るためにモンスターと戦うっていうシチュエーションは最高にクソだ。俺好みのベッタベタな展開だ。クソ作品が絡むと俺は強い。だから安心して逃げなさい」
促すと、躊躇いながらも巡は走っていった。ベタ足で走っているから、正直遅い。巡と一緒に逃げる、という行動を取らなかったのは大正解だ。
「さて、と」
完全に敵意を向けている相手に、どうしたものかねえと視線を向ける。
「異種生存闘争の時間だな。
衣装は脱いだけど、俺は今怪人って設定だし。
俺もお前もモンスター。キャッチフレーズをつけるなら、『勝手に戦え!』ってところか」
ベラベラと喋っている間に、敵がジワジワと間合いを詰めてくる。その分桐夏は後ろに下がる。幸い、一足飛びに間合いを詰める気はないらしい。よく喋るから警戒されているのだろうか? 人の言葉を認識できる程度の知識はあるのか。はたまた――桐夏の出す殺気に気付いているのか。
「時間稼ぎと言ったが――別に倒しても構わねえよな?」
不敵に笑い、呟く。同時に、モンスターが懐に飛び込もうとしてきた。
桐夏は手にしたバスケットの中にある石を投げ、敵の目を潰す。全力で放った石礫が、モンスターの左目に当たる。潰れたな。そう確信しつつ、下がり、一定の距離を保つ。絶対に、間合いに入れさせない。戦う上での第一事項だ。
「さぁて……俺とお前、どっちが勝つかな?」
バスケットから第二弾の石礫を用意し、ポンとお手玉しながら笑うと、桐夏は再度、全力投球した――。
「うん、まあ、石と砂だけで完封は無理だわな」
殴られた腹を抑えつつ、込み上げてくる吐き気を堪えて、桐夏はゴロンと転がった。
異種生存闘争の結果は、桐夏に軍配が上がっていた。先述の通り完封とまではいかなかったが、目立つ怪我をしたわけでもない。ちょっと我慢するだけで、何事もなかった振りができるだろう。ただ、相手が、観察力の高い巡だから少し不安ではあったが。
「桐夏!」
おや、珍しい。まずそう思った。
「神凪ちゃん、大きな声も出せるんだな」
そう言って笑ってみせると、巡は泣きそうな顔をした。あ、やっぱりバレた、と瞬時に理解する。神凪ちゃん、洞察力高すぎ、その癖、隙だらけすぎ。そんなことを思いながら、「大丈夫大丈夫」と平然と構える。
巡が連れてきたメイが、「いや大丈夫じゃないっしょ」と言いながら、桐夏に近付いた。
「どこ痛いの」
「いやどこも痛くないよ? 完全勝利したからな」
「「嘘ばっか」」
巡とメイの声がハミングした。仲がいいことだ。
大人しく桐夏はメイの治癒魔法を受けることにして、その間、巡に話しかける。
「気にするな。女の子を守って負った傷は男の勲章だ」
「…………」
「まあ、神凪ちゃんなら気にするよな」
「わたしが一人で歩いてたから……」
「うん、そこは、さっきも言ったけど大いに反省するように。俺がいなかったら危なかったからな? 何度も言うが、お兄さんとの約束だ」
「うん……」
「……まあ、あんまり気にするっていうなら、そうだな。
今度、地獄のクソ映画ツアーにでも付き合ってくれ。それで手を打とう」
「……、……」
「嫌か?」
「嫌じゃない……でも、ごめんなさいの気持ちが強くてよくわからない……」
本気で落ち込んでいる巡をどう慰めるべきか、と悩んだ結果、再び頭をワシャワシャと撫で回した。
「わ、ちょ、桐夏、動いたら治療できな……」
「こんなことができるくらい、俺は元気なの」
「ええ……暴論……」
「なんとでも言い給え。とにかく、平気って言ったら平気。
カッコつけさせなさい」
そこまで言うと、巡はしばらく黙った後、小さく頷いた。
「OK。地獄のクソ映画ツアーの詳細は追って連絡するから、楽しみに待っているように」
「うん」
「あと俺も花見したいから、治療終わったら混ぜて」
「うん」
「よしよし。神凪ちゃんは素直ないい子だ」
柔らかく笑ってみせると、ようやく巡もぎこちなく笑う。
「神凪ちゃんは笑ってる方が可愛いよ」
我ながらクソテンプレなセリフを吐いたな、と思いつつ、それでも巡が笑ってくれるならいいか、と、桐夏は一人満足するのだった――。
――――――――――――――――――――――――――――――――<あとがきマスターコメント>
こんにちは、灰島です。
みなさまご参加ありがとうございました!
各キャラが違った動きをするので面白く、筆が進みました。
いつも素敵なアクションをありがとうございます。
また次回もご縁があればよろしくお願いいたします。
――――――――――――――――――――――――――――――――<定員> なし
<参加締め切り> 3月5日23時
<アクション締め切り> 3月9日23時
<リアクション公開予定日>3月19日
<リアクション公開日>3月14日
<参加者>
刀神 大和
アヅキ・バル
織主桐夏
リンヴォイ・レンフィールド
ミーティア・アルビレオ
ティコ・ラブレース
公 玲蘭
ホーリー・ホワイト
霜北 凪
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- 2018/03/14(水) 01:10:00|
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